妻と愛人と家族

春秋花壇

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新しい時代の家族

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「新しい時代の家族」

陽介は37歳、都内の広告会社で働くサラリーマンだ。妻の真奈美とは結婚して10年目、6歳になる娘のさくらがいる。毎朝、陽介は妻と一緒に家事を分担し、娘のために朝食を用意するのが日課だった。卵焼きやサラダを作りながら、娘の登園準備を手伝う。休日には娘と一緒に公園へ出かけ、ブランコを押したり、滑り台で一緒に遊んだりするのが楽しみだ。

そんな陽介を、彼の父である昭二は少し驚きの目で見つめていた。昭二は団塊の世代、妻にすべての家事と育児を任せて働くのが当たり前の時代に育ってきた。彼が若い頃、家事は専業主婦の仕事であり、男性が家庭のことに手を出すことは「女々しい」と見なされる風潮が強かった。昭二自身も、家事は一切やらず、仕事一筋で生きてきた。家のことはすべて妻に任せきりで、子供たちと過ごす時間もほとんどなかった。

ある日、昭二は息子夫婦の家を訪れることになった。息子の暮らしぶりを久しぶりに見てみたいという気持ちと、どこかしら違和感を感じていた自分の思いを確かめたいという気持ちがあったのだ。

陽介の家に着くと、真奈美が笑顔で迎えてくれた。リビングにはさくらが絵本を広げて遊んでいる。陽介はキッチンで夕飯の準備をしていた。昭二はその様子に驚き、目を丸くした。陽介がエプロンをつけて包丁を握る姿は、昭二の時代の「男性の役割」からはかけ離れていた。

「お父さん、お疲れ様です。どうぞおかけになってください。」

真奈美がテーブルにお茶を用意し、昭二を促した。昭二はソファに腰を下ろしながら、目をキッチンの陽介に向けた。

「陽介、お前、料理なんかするようになったのか?」

昭二の言葉に陽介は手を止めて、にこやかに答えた。

「うん、そうだよ。僕が料理した方が早いし、真奈美も仕事で疲れてるからね。家事も育児も、二人でやった方が効率いいし、お互い助け合った方がいいだろ?」

その言葉に昭二は少し戸惑いを感じた。陽介の言う「助け合う」という感覚は、昭二には馴染みのないものだった。昭二の時代では、家族を養うのは夫の責任であり、家事や育児は妻の役割と決まっていた。しかし、陽介はその固定観念を軽々と超えているように見えた。

「まあ、今の若い世代はそうなんだな…」

昭二は曖昧に頷きながら、息子が作る料理の音を聞いていた。彼は自分の若い頃を思い出していた。仕事で疲れて帰ると、家には温かい食事と、子供たちを抱えた妻が待っていた。家族との時間はほとんどなかったが、それでも自分なりに家族のために働いているという自負があった。だが、目の前の息子はまったく違う形で家族と向き合っていた。

夕食ができあがると、家族みんなでテーブルに座った。さくらは陽介が作ったカレーライスを嬉しそうに頬張り、真奈美は「おいしい!」と笑顔で声をあげた。その様子を見て、昭二はどこかほっとしたような気持ちになった。

「美味いじゃないか、陽介。なかなかやるな。」

昭二がカレーを一口食べて感想を述べると、陽介は少し照れくさそうに笑った。

「ありがとう、お父さん。これもさくらが好きな味に合わせて作ってるんだ。」

その時、昭二はふと思った。自分ももっと家族と過ごす時間を大切にすればよかったのではないかと。仕事に追われ、家族との関係を深めることをおろそかにしていた自分にはない、新しい家族の在り方がそこにはあった。

夕食後、陽介はさくらをお風呂に入れ、その後は一緒に絵本を読んでやった。さくらの目は輝いていて、陽介に身を寄せて楽しんでいる。その姿を見た昭二は、息子が本当に幸せそうに見えた。

「まあ、俺の時代とは違うが、お前たちのやり方で幸せなら、それが一番だな。」

昭二はそう言って微笑んだ。陽介は父の言葉にうなずき、そして心の中で感謝の気持ちを抱いた。彼の家族は新しい時代の在り方を象徴していたが、それでもやはり、親から受け継いだものがあったのだと感じた。

「ありがとう、お父さん。俺も、お父さんが家族を支えてくれたこと、ちゃんと分かってるから。」

陽介のその一言に、昭二の胸は少し熱くなった。団塊の世代の価値観と、今の若い世代の価値観は異なるかもしれない。しかし、家族を思いやる気持ちは変わらない。それが昭二にとって何よりも大切なことだと、その時初めて気づいたのだった。

昭二は、息子とその家族が新しい時代の風を感じながら生きていることに、少し羨ましさを感じつつも、安堵の気持ちでいっぱいだった。家事参加や育児の形は変わったかもしれないが、家族の温もりは変わらない。昭二はその光景を眺めながら、自分もまた新しい時代に馴染んでいこうと静かに決意したのだった。










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