妻と愛人と家族

残された余白

「残された余白」
秋の気配が漂う中、啓介は静かなリビングで一人座っていた。窓の外には枯れ葉が風に吹かれて舞い落ちており、冷たい風が彼の心にまで届いているようだった。彼の目の前には、まだ半分開けられた段ボール箱と、散らかった日常品が並んでいた。これから訪れる別れの瞬間に備えて、啓介は心の中で何度も繰り返していた言葉を、ついに口にする時が来たのだ。

陽子との付き合いは、最初は夢のようだった。彼女の笑顔や、明るい性格に心を奪われた啓介は、毎日が楽しくてしょうがなかった。陽子は自分の世界を持っているようで、その独特の感性が魅力的であった。しかし、同棲を始めると、その輝かしい部分が次第に影を落とし始めた。

初めて一緒に住むことになった日のことは、今でも覚えている。引越しの準備が整い、新しい家に荷物を運び込むとき、陽子の笑顔が輝いていた。二人での新しい生活に胸を膨らませていたのだが、その期待は次第に現実に引き戻された。

最初のうちは、小さな問題が積もり積もっていった。陽子は買い物をする際に衝動的な一面を見せ、必要のないものまで次々と購入してしまうことが多かった。彼女の「これ、素敵だから買っちゃおう！」という言葉に、啓介は最初は付き合っていた。しかし、次第にその衝動買いは家計を圧迫し、貯金はあっという間に底を突いてしまった。

さらに、陽子の部屋の中は常に散らかっていて、物が出しっぱなしの状態が続いた。何度も注意したり、整理整頓を頼んだりしても、陽子はなかなか改善することができなかった。そのうち、彼女の放置された物たちがリビングにも広がり、家の中は常に乱雑な状態になった。

また、陽子の怒りっぽさも問題だった。小さなことでイライラし、感情が爆発することがよくあった。啓介が少しでも彼女の意に沿わないことをすると、すぐに激しく怒り出すのだった。彼女の感情の波に巻き込まれるたびに、啓介は自分がどれほど疲れ果てているかを感じていた。

ある晩、啓介はふと気づいた。彼の心はすでに重く、彼女との生活が耐えられないほど辛いことに気づいたのだ。その日、陽子の怒りが頂点に達し、彼女は自分の部屋にこもり、家の中はまた静寂に包まれた。啓介はその静けさの中で、自分の気持ちを整理しようとした。

彼は自分の心の声に耳を傾けた。自分が陽子に対して不満を抱えているのは、自分だけの問題ではなく、二人の関係全体に関わることだと認識していた。陽子のADHDは、彼女が悪意を持っているわけではないことを理解していたが、その症状が彼らの生活にどれほど大きな影響を与えているのかも分かっていた。

翌朝、啓介は決心を固めて、陽子に話すことにした。二人が静かなリビングで向かい合い、彼は深呼吸をしてから口を開いた。

「陽子、話があるんだ。」

陽子は不安そうな表情で彼を見つめた。啓介は、彼女にどれほど痛みを伴う決断であるかを伝えようとした。

「僕たち、もう一緒に生活するのは難しいと思うんだ。君のことを責めているわけじゃない。ただ、僕たちの間にある問題が大きすぎて、解決できないと思う。」

陽子の目に涙が溜まり始めたが、彼女は黙って聞いていた。啓介は、自分の心の痛みを和らげるために、さらに続けた。

「君のことを傷つけたくないし、これ以上一緒にいるとお互いにもっと辛くなるだけだと思うんだ。ごめんなさい。別れよう。」

その言葉が部屋に響いた瞬間、陽子の涙がこぼれ落ち、彼女は静かにうなずいた。啓介は、その背中を見つめながら、自分の決断が正しかったことを信じた。

別れは痛みを伴うものであったが、啓介は陽子との関係に幕を閉じることで、新たなスタートを切ることができると信じていた。それは、彼自身にとっても、陽子にとっても、最良の選択であると感じていた。

秋の風がまた冷たく吹き込む中、啓介は心の中で新たな希望を抱きながら、静かにリビングを後にした。