妻と愛人と家族

春秋花壇

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普遍的なテーマ

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普遍的なテーマ

静かなリビングルームには、時計の秒針が刻む音だけが響いていた。窓の外では雨がしとしとと降り続いている。薄暗い部屋の中で、老夫婦は向かい合って座っていた。テーブルの上には冷めたままの紅茶と、一度も手をつけられなかったサンドイッチが置かれている。

「こんなことになるなんて、思ってもみなかったわね」

妻の京子が、遠くを見つめながら呟いた。彼女の声には、微かに疲れが滲んでいた。

「まあ、そうだな」

夫の正夫は短く答えた。彼の声もまた、長年の疲れを含んでいる。彼はテーブルの上で組んだ手を見つめていた。

「子どもたちが独立してから、私たちの間には何が残ったのかしら」

京子はそっと問いかけた。彼女の目には、かつての輝きはもうなかった。結婚して40年、二人の子どもたちはそれぞれ家庭を持ち、忙しい日々を送っている。夫婦はいつの間にか、互いに目を向けることを忘れてしまっていた。

「仕事に追われていたからな」

正夫はつぶやくように言った。彼は長年勤めていた会社を数年前に退職し、今では毎日を何となく過ごしていた。趣味らしい趣味もなく、家にいる時間が増えるにつれ、京子との会話も減っていった。

「退職してからも、あなたはずっと何かに追われているようだったわ」

京子はため息をついた。「もっと私たちのこと、考えてくれると思っていたのに」

「考えていなかったわけじゃないさ。ただ…」

正夫は言葉を探すように視線をさまよわせた。

「どうしたらいいのかわからなかったんだ」

「わからなかった?」

京子の声が少しだけ強くなった。

「それが理由になると思うの?」

正夫は口を開いたが、すぐに何も言えなくなった。京子の問いには正面から答えられるものがなかった。彼もまた、結婚生活の中で自分が失ってしまったものを感じていた。だが、それを言葉にすることはできなかった。

「私たち、もう何年も本音で話していないわね」

京子は少し震える声で続けた。

「子どもたちがいなくなって、二人きりになったのに、こんなにもお互いが遠いなんて」

正夫は京子の言葉にうなずくことも、反論することもできなかった。確かに、本音で話すことが怖かったのかもしれない。自分がどれだけの年月を無駄にしてしまったのか、考えるのが嫌だったのだ。

「このまま続けるのはもう無理だわ」

京子は絞り出すように言った。

「熟年離婚っていうのが増えているって、知ってる?」

「…ああ」

正夫は目を伏せた。京子の言葉は冷たく響いたが、彼もまたその可能性を考えたことがある。離婚すれば、今とは違う人生が待っているかもしれない。しかし、同時にそれは全てを失うことでもあった。

「私たちの間に、もう愛情は残っていないの?」

京子は正夫をじっと見つめた。彼女の目には涙がたまっていた。正夫もまた、その視線を避けるように目を閉じた。

「わからない」正夫は静かに答えた。

「ただ、もう一度やり直せるとは思えないんだ」

京子は小さくうなずいた。

「そうね。やり直すには、あまりにも時間が経ちすぎたのかもしれない」

二人はしばらく沈黙したまま座っていた。時計の音と雨音だけが、部屋の中を支配していた。その静けさの中で、それぞれが自分の心の中にあるものを整理していた。

「でもね、正夫さん」

京子はゆっくりと立ち上がり、テーブルの向こう側の正夫の手にそっと手を重ねた。

「長い間、一緒にいてくれてありがとう」

正夫は驚いたように京子を見つめた。彼女の目には、失望だけではなく、感謝の色が浮かんでいた。それが正夫にとっては予想外だった。彼女もまた、この長い年月を共にしてくれたことに感謝しているのだ。

「こちらこそ…ありがとう」

正夫は低い声で返した。京子の手の温もりが、わずかながらも彼の心を温めた。

「私たちは、最善を尽くしたのよね」

京子は微笑みながら言った。

「その結果がこうなら、それもまた一つの答えなのかもしれない」

正夫は黙ってうなずいた。過去を変えることはできないが、今この瞬間の感謝の気持ちを抱きしめることはできる。そして、二人はそれぞれの未来に向かって歩き出すための準備を始めていた。そんな穏やかな結末が、これからの二人にとっての新しいスタートであることを、彼らは感じていた。







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