妻と愛人と家族

家族の自己受容

家族の自己受容

美咲は、小さなマンションに夫の健一と娘の真奈と一緒に暮らしていた。家族三人の生活は、表面上は平穏だったが、内側ではそれぞれが自分の問題に悩んでいた。

美咲は専業主婦で、家事と育児に追われる毎日だった。結婚前はキャリアウーマンとしてバリバリ働いていたが、出産を機に退職した。その決断に後悔はないと思っていたが、周囲の友人たちが仕事で輝いている姿を見るたびに、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。家事が完璧でないことや、子育てで失敗するたびに、「自分はもっとできたはずだ」と自己嫌悪に陥ることが多かった。

一方、夫の健一は会社員として働き、家族を養うために日々奮闘していたが、仕事でのストレスが溜まっていた。上司や同僚との人間関係がうまくいかず、昇進の話が出るたびに取り残されていると感じていた。家では仕事の話をすることなく、ただ黙々と過ごしていたが、その背中からは疲労感がにじみ出ていた。

そして、娘の真奈は中学生になったばかりで、新しい環境に適応するのに苦労していた。友達作りがうまくいかず、授業でもついていけないと感じることが多かった。真奈は家に帰ると部屋にこもりがちで、家族との会話も減っていった。美咲と健一は心配していたが、どう接すればいいのかわからず、気まずい空気が漂うばかりだった。

ある日、美咲はネットで「自己受容力」という言葉を見つけた。自分を無条件に受け入れる力、完璧でなくてもいいという考え方に、心が少し軽くなるのを感じた。そして、これこそが家族全員に必要なのではないかと思い立った。

「ねえ、自己受容って知ってる？」と、美咲は夕食の席で切り出した。健一はスマートフォンから顔を上げ、真奈は無言で箸を動かしていたが、美咲の声には少し興味を引かれたようだった。

「自分を受け入れることって、なかなか難しいけど、大切なことだよね」と美咲は続けた。「私は、家事も子育ても完璧じゃないけど、それでも私なりに頑張っている。そういう自分をもっと認めてあげたいなって思って。」

健一はその言葉に少し驚いた。いつも完璧主義で、自分に厳しい美咲がそんなことを言うとは思わなかった。自分もまた、会社でのストレスや失敗を引きずり、家ではそれを隠そうとしていたが、美咲の言葉に少し心が和らいだように感じた。

「俺もさ、仕事でうまくいかないことが多くて、落ち込むことがあるんだ。でも、失敗したっていいんだよな。もう少し、自分を許してあげてもいいのかも。」健一は美咲を見つめながら、素直にそう言った。真奈は驚いた表情で父親を見た。普段は強がりで、何でもそつなくこなしているように見える父が、そんな風に感じていたとは思ってもみなかった。

「真奈も、学校で色々あるだろう？でも、完璧じゃなくてもいいんだよ。自分を受け入れるって、大事なことだから。」美咲は優しく娘に声をかけた。真奈は少し戸惑いながらも、自分の気持ちを少しだけ打ち明ける勇気が湧いてきた。

「私…友達とうまく話せなくて。学校が辛いときがあるんだ。でも、お母さんみたいに少しずつ自分を受け入れることができたら、楽になるのかな。」

美咲は娘の言葉に微笑んだ。「そうだよ。自分を受け入れることができれば、少しずつ前に進める。私たち家族は、いつだって真奈の味方だからね。」

その夜、家族三人はリビングで話し合った。仕事や学校のこと、家事のこと、失敗や悩み、それぞれの抱えているものを少しずつ分かち合った。完璧ではない自分たちを受け入れることの大切さを、一緒に考える時間を持てたのは初めてだった。

「自己受容力を養うって、難しいけどやってみる価値があるね。」健一はそう言って、真奈の肩をポンと叩いた。「一緒に頑張ろう。」

真奈も笑顔で頷いた。完璧でなくてもいい、失敗してもいい。大事なのは、自分を受け入れて、また立ち上がることだと。家族で支え合いながら、自分たちのペースで進んでいくことを約束した。

それからというもの、美咲は家事の失敗に対して以前より寛容になり、健一も仕事のことで無理をしないようになった。真奈も学校での悩みを少しずつ家族に話すようになり、その度に美咲と健一は彼女を温かく迎えた。

家族で自己受容を育むことで、家の中の空気は少しずつ変わっていった。お互いに完璧を求めるのではなく、ありのままの自分を大切にしようという意識が芽生えたのだ。そして、家族はそれぞれが抱えていた問題に向き合いながらも、支え合い、成長していくことができた。

「自己受容って、本当に大切なことだね。」美咲はある夜、そう呟きながら、健一と真奈の寝顔を見つめた。家族の絆が深まった今、彼女は心の底からそう思えたのだった。