妻と愛人と家族

見えない価値

「見えない価値」

朝の光が差し込むキッチンで、由美子は手際よく朝食を用意していた。夫の健二が新聞を広げ、子供たちが次々と席につく。その光景は、どの家庭にも見られるような日常の一コマだが、由美子にとっては一日の始まりであり、家族の健康と幸せを支えるための仕事でもあった。

結婚してから15年間、由美子は専業主婦として家事と育児を一手に引き受けてきた。掃除、洗濯、料理、子供たちの学校行事の準備や送り迎え…。彼女の一日は分刻みで動いていた。時には疲れが顔に出ることもあったが、家族の笑顔を見ると、それだけで報われる気がした。

しかし、最近になって、由美子の心の中に小さな疑問が芽生え始めた。それは「自分のしていることの価値」についてだった。家事や育児は当たり前のこととされ、誰からも特に感謝されることはない。それに比べ、健二は会社での仕事を認められ、ボーナスや昇進といった形で報われている。それは当然のことだが、由美子は自分の労働が何も評価されていないように感じ始めていた。

ある晩、健二が疲れた顔で帰宅した。「今日も仕事が忙しかったよ」と言って、ソファに深く腰を下ろした。由美子は夕食の準備を進めながら、ふと口を開いた。「健二、家事や育児の価値について、考えたことはある？」

健二は驚いた顔をして、新聞から顔を上げた。「どうして急にそんな話を？」

「最近、私がやってることが本当に意味があるのか、ふと考えることがあるの。家事も育児も、誰かに感謝されるわけでもないし、ましてやお金になるわけでもない。でも、もし私が全部を外部に頼んだら、相当なお金がかかるはずよ。」

健二は由美子の話を聞きながら、考え込んだ。確かに、彼は家事や育児を当たり前のことだと思っていた。由美子が専業主婦である以上、それが彼女の役割だと。だが、由美子の言う通り、それをお金に換算したらどれだけの価値があるのか、考えたこともなかった。

翌日、健二は昼休みにインターネットで家事代行サービスやベビーシッターの料金を調べてみた。驚くべきことに、家事代行だけでも月に何十万円、育児の手伝いまで含めるとさらに膨大な額になることがわかった。健二はそれを見て、自分がどれほど由美子に頼り切っていたのかを痛感した。

その夜、健二は由美子に謝罪の言葉を伝えた。「由美子、今まで君の労働を当たり前のものとして見過ごしていたことを反省してるよ。君が家族のためにどれだけのことをしてくれているのか、今まで気づかなくて本当に申し訳ない。」

由美子はその言葉に少し驚いたが、すぐに柔らかな笑顔を浮かべた。「ありがとう、健二。でも、これからは一緒に家事や育児を分担していけたら嬉しいわ。お互いに支え合って、この家庭を守っていきたいから。」

それから、二人は家事分担を見直し、健二も少しずつ家事や育児に参加するようになった。健二は最初は戸惑いながらも、由美子が今までどれほど大変な思いをして家族を支えてきたのかを実感していった。そして、家事育児の「名もなき労働」が、いかに家族の幸福を支える重要な仕事であるかを再認識した。

この経験を通じて、健二は家庭内の役割分担を見直すことの大切さを学んだ。家事育児の価値は、目に見えないものだが、それは社会全体を支える根幹でもあるということ。そして、由美子もまた、自分の労働が認められたことで、自信を取り戻し、家族への愛情がさらに深まった。

その後も、二人は家庭内でのコミュニケーションを大切にし、お互いの役割を尊重し合うことで、家族としての絆を強めていった。家事や育児という「見えない価値」を共有することで、彼らの家庭はさらに温かく、豊かなものとなっていった。