妻と愛人と家族

崩れゆく二等辺三角形

「崩れゆく二等辺三角形」

結婚して十年が経った。最初は、わたしたちの関係はまるで二等辺三角形のようだった。お互いが対等で、尊重し合い、バランスの取れた安定した日々を送っていた。わたしと夫の間には、信頼と愛情が確かに存在していた。それが揺らぐことはないと、そう信じていた。

だが、時間が経つにつれ、少しずつ二人の間に違和感が生じ始めた。些細なことがきっかけで、言い争いが増えていった。彼の仕事が忙しくなり、家にいる時間が減ったことも影響していたのかもしれない。わたしもまた、子育てに追われ、夫との時間を持つ余裕がなくなっていった。

最初は、「これは一時的なものだ」と自分に言い聞かせていた。けれども、その違和感は次第に大きくなり、わたしの心に重くのしかかるようになった。ある日、彼が遅く帰宅したとき、わたしは思わず問い詰めてしまった。

「最近、わたしたち、何か変じゃない？」

彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目を逸らし、短く「疲れてるだけだよ」とだけ答えた。わたしはそれ以上何も言えなかった。彼の言葉は嘘ではないだろうが、それだけではないことを、わたしは感じ取っていた。けれども、言葉にするのが怖かった。

その夜、寝室でひとり天井を見上げながら、わたしは考えた。かつての二等辺三角形の関係が、いつの間にか不等辺三角形になってしまったのだろうか、と。

彼が出張に行くようになってからは、さらにすれ違いが増えていった。週末になっても、彼は家にいることが少なくなり、家族と過ごす時間が減っていった。わたしはそのたびに寂しさを感じたが、口に出すことはできなかった。自分だけが不満を抱えているようで、彼の気持ちを理解しようと努める一方で、心の中では距離が広がるのを感じていた。

ある日、わたしは思い切って彼に話を切り出した。「わたしたちの関係が、変わってしまった気がするの。以前のように対等じゃなくなっている気がするのよ。」

彼はしばらく沈黙し、重い口を開いた。「君がそう感じているのはわかる。でも、僕も同じように思ってる。仕事が忙しいし、君と話す時間が減ってしまったことは申し訳ない。でも、何とかしようとしても、どうすればいいのかわからないんだ。」

その言葉に、わたしは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼もまた、わたしと同じように悩んでいたのだ。しかし、お互いがどうすればいいのかを見失っていた。二等辺三角形の頂点が崩れ、関係が歪んでいく感覚に、わたしたちは立ち尽くしていた。

それからのわたしたちは、日常の中で何とかバランスを取り戻そうと努力した。彼は時間を作って家にいるように努め、わたしも彼との時間を大切にしようとした。しかし、その努力はどこかぎこちなく、本来の自然な形に戻ることはなかった。

ある日、わたしたちは久しぶりに一緒に過ごす時間を作り、夕食に出かけることにした。レストランで向かい合って座る彼の顔を見て、わたしはふと思った。わたしたちの関係は、もう元に戻ることはないのかもしれない、と。彼の目にはかつての輝きがなく、わたしもまた、彼を見つめる自分に自信が持てなかった。

「君は、まだ僕を愛してるかい？」彼が突然そう尋ねた。

わたしは驚き、その質問にどう答えればいいのか戸惑った。愛していないわけではない。ただ、かつてのように純粋に愛を感じられるかと言われれば、正直なところ自信がなかった。

「わからないわ。ただ、以前のようには感じられないの。」わたしは正直に答えた。

彼は深くため息をつき、静かに言った。「僕たちの二等辺三角形は、もう歪んでしまったのかもしれないね。」

わたしはその言葉に頷くしかなかった。わたしたちは二等辺三角形を取り戻そうと必死に努力してきたが、もはや元の形には戻れないのかもしれない。関係が崩れ、不等辺三角形になったことで、二人の間に新たな形が生まれたのだろうか。それとも、この関係は終わりを迎えようとしているのだろうか。

わたしたちは、これからどうするべきかを話し合うことを決意した。二人で新しい形を見つけるか、あるいは別の道を歩むか。それを決めるためには、再び二人で向き合わなければならない。

その夜、彼と並んで帰る道すがら、わたしは星空を見上げた。二等辺三角形が不等辺三角形に変わったとしても、そこに光る星の輝きは変わらない。わたしたちの関係もまた、形を変えたとしても、何かを見つけ出すことができるかもしれない。

ただ、わたしたちは今、その答えを見つけるための旅の途中にいるのだろう。