妻と愛人と家族

六条御息所の生霊

六条御息所の生霊

平安の都において、光源氏は数々の女性たちとの恋愛を繰り広げていた。その中でも特に深く彼の心に刻まれた女性の一人が六条御息所であった。彼女は美しく聡明で、貴族社会の中でも一際輝く存在であったが、その心の奥底には激しい嫉妬心が潜んでいた。

六条御息所は源氏と情熱的な関係を持っていたが、彼が他の女性に心を寄せることを許すことができなかった。特に、源氏が夕顔という儚げな女性に夢中になっていることを知った時、その嫉妬の炎は彼女の心を焼き尽くすほどに強くなった。

ある晩、六条御息所は不思議な夢を見た。夢の中で彼女は、自分が幽霊のように半透明な姿となり、源氏と夕顔が共に過ごす場所に立っていた。彼女はその場に存在するが、誰にも気づかれることはなかった。しかし、彼女の心の中に渦巻く嫉妬と怒りは止めどなく溢れ出し、まるで生き霊のように彼らを見守っていた。

夢の中で、夕顔は源氏と共に幸せそうに笑い合っていた。その姿を見るたびに、六条御息所の胸には憎しみが募り、彼女の目からは熱い涙がこぼれ落ちた。その涙が地に落ちると、それがまるで闇のように広がり、夕顔の足元を包み込んでいった。

「あなたは私のもの、誰にも渡さない…」

彼女の声は、誰にも届かないはずの囁きであったが、夕顔はその瞬間、恐怖に凍りついた。夕顔は何か冷たいものが自分の体にまとわりつくのを感じ、恐怖に打ち震えた。彼女は源氏のそばにいるにも関わらず、まるで見えない力によって引き裂かれるような感覚を覚えた。

その夢は、実際に六条御息所の意識が夕顔の元に飛んで行った、生霊となった瞬間であった。彼女の強烈な嫉妬と執着心が、彼女自身の魂を引き裂き、現世に影響を及ぼすほどの力を持つ生霊として現れたのである。

その夜、夕顔は突然の発作に見舞われた。彼女は息が詰まるような感覚に襲われ、目の前が真っ暗になった。源氏は必死に彼女を抱きしめ、助けようとしたが、彼の力ではどうすることもできなかった。まるで、見えない何者かが彼女を苦しめているかのように、夕顔は次第にその生気を失っていった。

数日後、夕顔はこの世を去った。源氏はその死に大きなショックを受けたが、彼女の死因は謎のままだった。誰もが、彼女が突然病に倒れたと信じていたが、源氏の心には一つの疑念が残った。それは、彼女が何者かに呪われたのではないかという思いだった。

そして、六条御息所は夕顔が亡くなったことを知った時、彼女の心にわずかな安堵が生まれた。しかし同時に、彼女は自分自身の行いに恐怖を感じるようになった。自分の嫉妬が招いた結果が、夕顔の死を引き起こしたのだと、彼女は悟ったのである。

だが、それだけでは終わらなかった。夕顔が死んだ後、六条御息所の夢に再び彼女が現れた。夕顔は今度は幽霊となって現れ、彼女を静かに見つめた。その目には怒りや怨念はなかったが、彼女の存在が六条御息所の心に深い罪悪感を呼び覚ました。

「私はあなたに何もしていない…それなのに、どうしてこんなことに…」

夕顔の声が静かに響き、六条御息所は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。彼女は自分が何をしてしまったのかを改めて理解し、その罪の重さに押し潰されそうになった。

六条御息所は、その後も度々夕顔の夢に悩まされるようになった。彼女の心は次第に病んでいき、源氏との関係も冷え切ってしまった。彼女の嫉妬が招いた悲劇は、彼女自身の人生もまた壊してしまったのである。

結局、六条御息所は源氏の元を去り、ひっそりと暮らすことを選んだ。彼女は、夕顔に対する嫉妬とそれによって引き起こされた悲劇を忘れることができず、一人孤独に生き続けることとなった。

夕顔の香りは、もう二度と彼女の鼻をくすぐることはなかったが、その記憶だけは永遠に彼女の心に刻まれたままだった。そして、彼女は自分が犯した罪と、その罪が招いた結果に苦しみながら、その後の人生を送ることになったのであった。