妻と愛人と家族

春秋花壇

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夕顔の香り

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夕顔の香り

平安時代、京の都は四季折々の美しさで彩られていた。秋の夜長、ひときわ月の光が美しく輝く頃、若き光源氏は、一夜の出会いに心を奪われた。彼の目に映ったのは、薄い白布の帳の向こうに静かに座る女性、夕顔であった。

その名の通り、夕顔のように淡く、儚げな美しさを持つ彼女は、源氏の心に深い印象を残した。まだ誰にも知られぬその美しさと、ほのかに漂う香りは、源氏の胸に淡い憧れを抱かせたのである。

夕顔は、その日の早朝、身分の低い身でありながら、上品な佇まいを持つ彼女が、源氏の目にとまり、彼に誘われる形でその晩、邸へ招かれたのであった。彼女自身もまた、源氏の優雅な立ち振る舞いに心惹かれ、彼と共に過ごす夜を待ち焦がれていた。

しかし、夕顔の心には一抹の不安があった。自分のような身分の者が、このような高貴な方に愛される資格があるのだろうか。彼女の胸の内には、喜びと共に、将来への不安が渦巻いていた。

夜が更け、月が高く昇ると、源氏は夕顔の前に現れた。彼は静かに彼女の手を取り、その指先に触れると、心の奥底から湧き上がる感情を抑えることができなかった。彼の瞳には、彼女の儚さと共に、その裏に隠された強さが映し出されていた。

「あなたは、まるで秋の月のように美しい。あなたの存在が、この夜をさらに輝かせてくれるのです。」源氏はそう言いながら、夕顔の顔にかかる薄布をそっと取り払った。

夕顔はその言葉に心を動かされたが、同時に自分の立場を思い出し、目を伏せた。「私は、あなたのようなお方にふさわしくありません。私のような者が、あなたのお傍にいて良いのでしょうか…。」

源氏は優しく微笑みながら、彼女の手をしっかりと握り返した。「身分など関係ありません。私は、あなたという存在に心惹かれたのです。それ以上に大切なことはありません。」

彼の言葉に、夕顔の心は次第に安らぎを感じるようになった。彼女は自分が愛されていることを実感し、自然と源氏の胸に身を寄せた。

夜風がそよぎ、二人の間に静かな時間が流れる。庭からは、虫の音が聞こえ、秋の夜の清らかな空気が、二人を包み込んでいた。

その時、ふと源氏は、夕顔の名前の由来を思い出した。「夕顔の花のように、あなたもまた、夜に咲く美しさを持っている。だが、そんなあなたの美しさが、決して儚いものであってはならない。」

夕顔はその言葉を聞き、胸が熱くなった。彼女は、自分がまるで夢を見ているかのような気分になり、この夜が永遠に続けば良いと願った。

しかし、彼女の心の奥底には、再び不安が押し寄せてきた。彼女は、源氏の愛を受け入れたいと思いながらも、自分の未来に確信を持てなかった。彼女が生きる世界は、彼のような高貴な人々とは違う。彼女の人生がどのように変わるかは、全く分からなかったのだ。

その思いを抱えたまま、夜が明けるまで、二人は静かに寄り添っていた。そして、朝が訪れると、源氏は名残惜しそうに彼女を見つめた。

「また、夜が訪れる時、あなたをお迎えに参ります。その時まで、どうか私を忘れないでください。」

夕顔は静かに頷き、彼の言葉に応えた。「この夜のことは、決して忘れません。でも、私はあなたの負担になりたくないのです。どうか、私のことは忘れて…。」

源氏はその言葉に心を痛めたが、彼女の気持ちを尊重することにした。彼は彼女をそっと抱きしめ、その温もりを感じながら、別れを告げた。

その後、夕顔は源氏のもとを去り、再び彼と会うことはなかった。だが、彼女の心には、あの夜の記憶が深く刻まれていた。そして、源氏もまた、夕顔の儚さと強さを忘れることはなかった。

二人が過ごした一夜の物語は、京の都の伝説となり、いつまでも人々の心に語り継がれていくのであった。








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