妻と愛人と家族

西瓜の季節

『西瓜の季節』

夏の暑さが続くある日の午後、浩一は市場で新鮮な西瓜を買った。家族が集まる日曜日のために、甘くてジューシーな西瓜を選び、心の中で「これで皆が笑顔になるだろう」と楽しみにしていた。

帰り道、浩一は家族の喜ぶ顔を思い浮かべながら、少し歩調を速めた。西瓜の大きな包みが、手にずっしりと重く感じる。それでも彼の気持ちは軽やかだった。あの家族の笑顔が、どんなに疲れを癒してくれるかを知っていたからだ。

しかし、家に着いたとたん、浩一の楽しい気持ちは一変した。玄関を開けると、家の中から聞こえてきたのは、家族の喧嘩と争いの声だった。中に入ると、目の前に広がっていたのは、全く予想だにしない光景だった。

「西瓜、持ってきたよ！」と浩一が声をかけると、妻の由紀が床にうずくまっていた。彼女の顔は赤く、目は充血していた。薬の影響で、足元がふらついているようだった。彼の目には、由紀が手に持っていた薬瓶が倒れて散らばっているのが見えた。

隣には、息子の亮が机の上でうつ伏せに倒れ、同じく目をこすっている。彼もまた、薬のせいで混乱しているようだった。西瓜の重みを感じる手に力が入らず、浩一はその場に立ち尽くしてしまった。家族がこんなにも酷い状態になっているなんて思ってもみなかった。

「どうしたんだ？」浩一は恐る恐る問いかけたが、答えは曖昧なもので、由紀はただぼんやりと彼を見つめ、亮は力なくうめき声をあげた。どうやら、由紀が薬を間違えて大量に摂取してしまったようで、その影響で亮も巻き込まれてしまったらしい。

西瓜をリビングのテーブルに置きながら、浩一は息子と妻をどうにかしようと必死になった。救急車を呼ぶべきか、近所の病院に連れて行くべきか、混乱と不安で頭がいっぱいになっていた。だが、まずは目の前の事態をなんとかしなければならなかった。

「大丈夫だよ、すぐにお医者さんに行こう。」浩一は心を落ち着けようと努めながら、まずは由紀を支え、亮を起こそうとした。彼の手は震えていたが、愛する家族を助けるためには冷静でいなければならなかった。

由紀が横たわっている間に、浩一は亮を起こして車に乗せる準備をした。亮は何とか自分を起こし、浩一の支えを受けながら歩こうとした。車を運転しながらも、浩一の心には不安と焦りが渦巻いていた。家族がこんなにもひどい状態に陥っているのは、彼には耐えがたいことだった。

病院に到着するころには、夜の帳が降り、外の空気が冷たく感じられた。浩一はすぐに受付で事情を説明し、家族の症状を伝えた。医師が迅速に対応してくれたおかげで、由紀と亮はすぐに処置を受けることができた。浩一はその場で、家族が回復することをただただ願い続けた。

処置が終わり、家族が安定した状態になったころ、浩一は深いため息をついた。ようやく心が落ち着いた彼は、病院のロビーで家族を見守りながら、静かに思いを巡らせた。

「こんなにも苦しい思いをさせてしまうなんて、どうしてこんなことになったんだろう。」浩一は自分自身に問いかけながら、家族の未来を心配していた。平安な暮らしがどれほど大切なものであるかを実感し、何もかもが失われてしまうような恐怖を感じていた。

その夜、病院の外の冷たい風に吹かれながら、浩一はひとりで西瓜のことを思い返した。西瓜は家族と一緒に食べるはずだったのに、こんな形でその意味が変わってしまった。どんなに小さな幸せも、家族が健康であってこそ輝くものだと痛感した。

翌朝、由紀と亮は無事に退院し、家に戻った。浩一は再び西瓜をテーブルに並べたが、その日は家族全員が心を一つにして、感謝の気持ちでいっぱいだった。過ぎ去った夜の出来事は忘れられないものになったが、家族の絆がより強くなったことは確かだった。

その日から、浩一はどんな小さな幸せも大切にしようと心に誓った。西瓜を食べるたびに、その時の思い出が蘇り、家族と共に過ごす平安な時間の大切さを再確認したのだった。