妻と愛人と家族

春秋花壇

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将棋の呪縛

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「将棋の呪縛」

夕食の時間、いつも通り家族全員が食卓に集まった。母が味噌汁をよそい、父が新聞をたたみながら「今日は夕飯は何だ?」と尋ねる。私と弟の健太も席に着き、それぞれの皿に料理を盛り付けた。

父がまず話し始めるのは、例によって将棋の話だ。将棋は父の趣味で、毎晩のように新しい戦法や棋譜について語る。しかし、私は将棋に全く興味がなかった。父の話を聞くたびに、まるで別の言語で話されているように感じる。駒の動きや戦略の話は、私の頭の中ではただの雑音だった。

「昨日の対局はすごかったよ、長女。八手詰めの絶妙な手筋があってね…」

「うん、そうなんだ」と適当に相槌を打つ。心の中では早くこの話が終わってくれればと願っていた。食卓に座っている間、私は心の中で別のことを考えていた。友達との約束や、次のテストの勉強、あるいは最近見た映画のこと。

健太は父の話に夢中になっているようだった。彼も将棋に興味があるようで、父と一緒に対局をしたり、戦法について議論したりしていた。私にはそれが理解できなかったが、少なくとも健太が楽しんでいるのは良いことだと思った。

母は黙って料理を食べながら、たまに父の話に相槌を打つ。彼女も将棋にはあまり興味がなさそうだが、家族の一員として話を聞く姿勢を保っていた。

「この局面で飛車を捨てるなんて、普通じゃ考えられないけど、見事な一手だったんだよ」

「へえ、すごいね」と私は再び無感情に答える。

夕食が終わる頃、ようやく父の将棋の話も終わりを迎えた。私は食器を片付けながら、内心ほっとした。家族の会話は大切だが、興味のない話題を延々と聞かされるのは辛いことだ。

食事が終わると、私は自分の部屋に戻り、勉強を始めた。将棋の話から解放されたことで、集中力が戻ってきた。しかし、その静けさも長くは続かなかった。

ノックの音がして、ドアが開いた。父が顔を覗かせ、「遥、ちょっといいか?」と言った。

「何?」

「明日の将棋大会、来てくれるか?」

また将棋か、と内心うんざりしたが、父の期待に応えようとする気持ちもあった。父にとっては大切なイベントだし、家族としての絆を深める機会でもある。私は一瞬考えた後、頷いた。

「分かった、行くよ」

父は嬉しそうに微笑み、「ありがとう」と言って部屋を出て行った。私はその背中を見送りながら、将棋の話が続く限り、家族との時間は避けられないのだと悟った。

翌日、将棋大会の会場に着くと、父はすぐに知り合いの将棋仲間と話し始めた。私はその場に立ち尽くし、何もすることがなかった。健太も同じように将棋盤に夢中になっていた。

私は会場を見渡し、何か興味を引くものがないか探してみた。すると、会場の隅に小さな図書コーナーがあるのを見つけた。そこには様々な本が並んでおり、私はその中から一冊を手に取ってみた。それは将棋の入門書だったが、私は興味を持つことができなかった。

「やっぱり将棋は難しいな」と呟きながら、本を戻した。家族の中で一人だけ興味を持てないことに、少し孤独を感じた。しかし、それもまた家族の一部なのだと思い直した。興味の違いはあっても、互いに尊重し合うことが大切なのだ。

大会が終わり、家に帰る途中、父が再び今日の対局について話し始めた。私はもう少しだけ我慢することにした。家族のために、そして自分自身のために。









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