妻と愛人と家族

理不尽な現代

理不尽な現代

「男子厨房に入らず」という言葉が頭の片隅に引っかかっている。昭和時代に育った父がよく言っていた言葉だ。父の影響で、料理や家事は全くできないまま大人になった僕、隆（たかし）は、最近ようやくその言葉の意味を理解した。

それは孟子の「君子遠庖厨」に由来する言葉で、君子は料理場に近づかないという教えだと知った時、目から鱗が落ちる思いだった。昔の時代では、君子は生き物を殺すことを避けるべきだとされていたのだ。

しかし、現代に生きる僕にとって、この教えはもはや理不尽でしかない。結婚して2年目、共働きの妻、美奈（みな）は毎日仕事で疲れて帰ってくる。僕も同様に疲れて帰るが、家事を全く手伝わない僕に対する美奈の視線は冷たくなる一方だ。

「どうして君は何も手伝わないの？」美奈の声が刺すように心に響く。「家事もできない男なんて、人間にあらずよ」

僕は肩をすくめて言い訳を考えるが、何も浮かばない。心の中では「男子厨房に入らず」という言葉がリフレインしている。だが、それが何の役にも立たないことは十分に理解している。

ある日、職場の同僚から「最近の夫婦の幸せの秘訣は、共同作業にあるんだよ」と言われ、僕は思い切って料理教室に通うことにした。最初は恥ずかしくて仕方なかったが、次第に料理の楽しさに目覚めていった。

ある夜、僕は美奈のために手作りのディナーを用意した。彼女が帰宅すると、驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべた。

「今日は僕が作ったんだ。試してみて」

美奈は一口食べ、目を輝かせた。「おいしい！ありがとう、隆」

その瞬間、僕は「男子厨房に入らず」という古い教えが過去のものとなったことを実感した。現代の君子は、家事も料理もできる男でなければならない。僕はそれを受け入れ、努力することにした。

料理教室に通い続け、少しずつではあるが、家事全般も学び始めた。美奈との関係も徐々に改善され、お互いに支え合うことの大切さを学んだ。

「君子遠庖厨」という教えが生きていた時代には、それなりの理由があったのだろう。しかし、現代の生活にはそぐわない。新しい価値観を受け入れ、共に成長していくことが、真の幸福につながるのだと感じた。

こうして、僕は理不尽な言葉を乗り越え、現代の君子として、家事も料理もこなすことができる男になったのだ。

新たな挑戦
ある休日の朝、美奈と一緒にリビングでコーヒーを飲んでいると、彼女がふと思いついたように言った。

「ねえ、隆。今度の週末、友達を呼んでパーティーを開かない？」

「パーティー？」僕は少し驚いたが、すぐに興味が湧いた。「それはいいね。でも、準備が大変だよ」

「大丈夫よ、二人でやればきっと楽しいわ」と美奈は微笑んだ。

パーティーの準備は、僕たちの新たな共同作業だった。僕は料理担当、美奈はデコレーションや招待状の準備を引き受けた。初めての本格的なパーティーのため、メニューにも工夫を凝らした。前菜はカナッペ、メインディッシュは自慢のローストビーフ、デザートには手作りのチーズケーキを用意することにした。

その週末、パーティーの日がやってきた。友人たちが続々と集まり、リビングは笑い声と楽しい話題で賑わった。僕の料理も好評で、みんなが美味しいと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

パーティーが進む中、美奈が僕にそっと耳打ちした。「ねえ、見てごらん。みんな本当に楽しそうだね」

僕は周囲を見渡し、満足げにうなずいた。「うん、僕たちの努力が報われたね」

その後、パーティーは大成功に終わり、友人たちからは「また次回も楽しみにしているよ」との声が相次いだ。僕たちの新しい挑戦は、家族や友人との絆を深める大きな一歩となった。

美奈と二人で片付けを終え、ソファに腰を下ろした時、彼女が笑顔で言った。「本当にありがとう、隆。君が一緒に頑張ってくれたおかげで、こんな素敵な時間が過ごせたよ」

「僕こそ、ありがとう、美奈」と僕は答えた。「君のおかげで、僕も新しい自分を発見できた」

その夜、僕たちはこれからも一緒に歩んでいく未来について語り合った。家事や料理を通じて、お互いの理解と協力が深まったことを実感し、新しい挑戦にも恐れずに立ち向かうことができると確信した。

時が経つにつれ、僕たちの絆はますます強くなっていった。家庭の中での役割分担や協力は、現代の夫婦にとって重要な要素であり、僕たちはそれを実践し続けることで、真の幸せを見つけることができた。

「男子厨房に入らず」という古い言葉は、もう過去のものだ。現代の家庭では、男女が協力し合い、共に成長することが大切だということを、僕たちは身をもって学んだのだ。