妻と愛人と家族

主婦卒業宣言

主婦卒業宣言

68歳の夫、徹と65歳の妻、和子は、40年以上も連れ添ってきた。子供たちは皆独立し、和子は主婦としての役割を果たしてきた。だが最近、和子は徹の存在に疲れを感じるようになっていた。定年退職後、徹は何もすることなく、まるで「濡れ落ち葉」のように和子にべったりだったからだ。

「朝から晩まで、何もかも私任せ。ほんと、もう我慢の限界よ」

と和子は心の中で呟いた。

ある日の夕方、和子は台所で夕食の準備をしていた。徹はリビングのソファでテレビを見ていたが、その姿を見るたびに和子の苛立ちは募るばかりだった。和子は包丁を置き、大きなため息をついた。

「ねえ、徹さん、ちょっと話があるの」と和子は声をかけた。徹はテレビから目を離さずに「何だい？」と答えた。

「私、主婦を卒業したいの」

その言葉に徹は驚き、ようやくテレビのリモコンを手に取って音量を下げた。

「卒業？ 何を言っているんだ、和子」

和子は深呼吸をしてから、これまで感じてきた不満と疲れをすべてぶつけた。

「もう私、一人で全部やるのは嫌なの。あなたは家にいるだけで、何もしない。私はあなたの世話をするために生きているんじゃないのよ」

徹は黙って和子の言葉を聞いていたが、その顔には戸惑いが浮かんでいた。

「でも、俺は何をすればいいんだ？」

「少しは自分のことを自分でやって。それに、私も自分の時間が欲しいの。ずっとあなたのために動き回って、もう疲れ果てたわ」

徹は困惑しながらも、和子の決意の強さを感じ取った。

「分かった。俺も何か手伝うようにするよ。でも、和子、もう少し具体的に言ってくれないと」

和子は一瞬考えた後、提案を始めた。

「まずは、朝食の準備と後片付けをお願い。それから、掃除も週に一度は手伝ってほしいわ。私も趣味の教室に通いたいし、友達と出かける時間も作りたいの」

徹は頷き、真剣な表情で

「分かった、やってみるよ」と答えた。

翌日から、和子と徹の新しい生活が始まった。最初はぎこちないものだったが、和子の指導のもと、徹は少しずつ家事を学んでいった。朝食の準備をする徹の姿に、和子は少しだけ笑みを浮かべた。

「ありがとう、徹さん。あなたもやればできるのね」

「まだまだだけど、和子の負担を少しでも減らせるなら、俺も頑張るよ」

和子はその言葉に安堵し、久しぶりに心からリラックスすることができた。友達とカフェで過ごす時間や趣味の教室で新しいことを学ぶ時間が増え、和子の表情は次第に明るくなっていった。

一方、徹も家事に慣れ、自分の生活にも充実感を見いだすようになった。和子と協力して家事をこなすことで、二人の関係も新たな一面を見せ始めた。

ある日、和子は趣味の教室から帰ってきた時、家の中が綺麗に片付いているのを見て驚いた。徹が一人で掃除を済ませていたのだ。

「徹さん、本当にありがとう。私、今まであなたに頼ることができるって思ってなかったけど、これからは違うかもしれないわね」

徹は照れ臭そうに笑い、

「これからも一緒に頑張ろう、和子」

と答えた。

和子はその言葉に心からの笑顔を見せた。

「はい、一緒に頑張りましょう」

こうして、和子と徹は新たな生活を始めた。和子の主婦卒業宣言は、二人の関係をより強固なものにし、互いに尊重し合いながら新しいステージへと進んでいった。