妻と愛人と家族

「血塗られた石の女王」

「血塗られた石の女王」

ローマ帝国、セヴェルス朝の衰退期。夜のカピトリーノ丘の上、ユリア・メサは冷たい石に手を置き、暗闇の中でひっそりと祈りを捧げていた。彼女の前には、神秘的な光を放つ巨大な黒石が立っていた。その石は、彼女の故郷であるオリエント地方から持ち込まれたもので、ユリア・メサの信仰の中心にあった。

「偉大なる神々よ、どうか我が計画をお導きください」

ユリア・メサの声は低く、祈りの言葉は風に乗って静かに消えていった。彼女の目は、政治の混乱を冷静に見据えていた。カラカラ帝の死後、ローマは無政府状態に陥り、ユリア・メサはその混乱を利用して自らの血筋を最高の権力へと導く決意を固めた。

彼女は、自らの孫である14歳のヘリオガバルスを皇帝に据える計画を練り上げた。ヘリオガバルスは若くして大きな美貌を持ち、オリエントの神々への深い信仰を持っていた。ユリア・メサは、その信仰を利用して彼をローマの頂点へと導いた。

新たな皇帝となったヘリオガバルスの統治は、瞬く間に混乱と恐怖をもたらした。彼は祖母の期待に応えようとする一方で、自らの欲望と衝動に従い続けた。彼の治世は、華美な儀式と過激な行為で満たされていた。

皇帝の宮殿では、毎晩のように贅沢な宴が催され、その度に新しい夫や妻が紹介された。ヘリオガバルスは、既婚者を夫や妻から引き離し、無理矢理結婚することを何度も繰り返した。その一方で、彼の嗜好はさらに異様な方向へと向かっていった。彼は薔薇の花びらで満たされたプールに客を招き、花びらの重さで窒息させるという恐ろしい遊びに興じた。

ユリア・メサは、次第に孫の暴走に手を焼くようになった。彼女は権力の維持を最優先に考え、ヘリオガバルスを制御しようと試みたが、その試みは次々と失敗に終わった。最終的に、彼女は別の孫であるアレクサンデルを皇帝に据えることを決意した。

この計画を知ったヘリオガバルスは激怒し、従兄弟のアレクサンデルを殺害するよう親衛隊に命じた。しかし、親衛隊は逆にヘリオガバルスを襲撃し、彼を残酷に殺害した。ヘリオガバルスの死体は、親衛隊の嘲笑の中で川に投げ捨てられ、その最期は悲惨なものであった。

ユリア・メサは、その後すぐにアレクサンデルを新たな皇帝に据えたが、安定は長続きしなかった。アレクサンデルの治世もまた、母親のユリア・マメアの影響で混乱を極めた。最終的に、兵士たちは反発し、アレクサンデルとその母を殺害してしまった。

こうして、ローマは50年間で25人もの皇帝が変わるという前代未聞の軍人皇帝時代へと突入していった。偉大なるローマ帝国は、ユリア・メサの野心とその後継者たちの失敗によって深い混乱の淵に沈んだ。

ユリア・メサはその後もオリエントの神々に祈りを捧げ続けたが、その祈りは虚しく、ローマの混乱を収束させることはなかった。彼女の名は、暴君を作り出した巫女として、そしてローマ帝国を破壊した悪女として、歴史に刻まれることとなった。

ローマの夜空に浮かぶ星々は、今もなお、その混乱と血塗られた歴史を静かに見守っているかのようだった。ユリア・メサの物語は、権力と野心の代償を物語る一例として、後世に語り継がれるのであった。