ざまぁ

春秋花壇

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論破

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「論破」

日曜の午後、喫茶店の窓際で、日下部悠斗(くさかべゆうと)は静かにコーヒーを啜っていた。静かな店内に響く軽やかなジャズ。けれども、悠斗の頭の中は、それとは正反対の騒がしさで満ちていた。隣のテーブルで、彼の同僚である大原健介が、いつものように無駄に熱い声で喋りまくっているからだ。

「だからさ、悠斗、お前はいつも冷静ぶってるけどさ、現実を見ろよ!理論ばっかり並べたって、結局は行動が伴わなきゃ意味ないんだよ。俺みたいに、さっさと行動に移す奴の方が結果を出すんだよ!」

大原は口角を上げ、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。彼は営業部の先輩で、やたらと自信家だ。その自信はどこから来るのか不思議に思うほど、成績も人並みだし、特に秀でた能力も見当たらない。それなのに、ことあるごとに悠斗を「論破」しようとしてくる。

「で、お前さ、この前のプレゼン、結局どうだったんだ?また理屈っぽく説明してたけど、上司もイマイチな反応だったろ?お前はいつも頭の中で考えすぎなんだよ。もっと直感を信じろって!」

悠斗は心の中で溜息をついた。大原は、常に自分の直感と「行動第一主義」を強調し、他人の慎重な態度や計画的な行動を馬鹿にする癖があった。それが不愉快であるにも関わらず、悠斗はいつも彼をスルーしていた。言い返しても無駄だし、無意味な議論を続ける価値もないと感じていたからだ。

だが、今日は違う。

悠斗はゆっくりとコーヒーカップを置き、無表情のまま大原に視線を向けた。

「健介さん、ちょっと聞いてもいいですか?」

大原は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに余裕の笑みを浮かべた。「おう、なんだよ?とうとう俺の言葉が響いたか?」

「健介さんは、いつも『直感』が大事だと言いますよね。直感で行動して、結果を出せるのは素晴らしいことだと思います。でも、それは結果が伴っている場合に限るんじゃないですか?」

「は?」大原は目を細めた。「お前、何が言いたいんだ?」

悠斗は冷静な声で続けた。「この前の企画、健介さんが自分の直感で進めたプロジェクト、結果がどうだったか覚えてますか?」

大原は言葉に詰まった。彼の進めたプロジェクトは、大胆な発想でスタートしたが、結局失敗に終わっていた。マーケットの分析も不十分で、結果的に多額の損失を出してしまったのだ。上層部からも厳しい指摘を受けたが、大原はその時も『直感が失敗することだってある』と強引に言い訳をしていた。

「そ、それは…失敗だってあるさ。お前だって、いつも成功するわけじゃないだろ?」

「もちろんです。でも、僕は慎重に計画を立てて、できる限りの準備をしてから行動しています。だからこそ、失敗するリスクを最小限に抑えられる。健介さんは、行動が全てだと言いますが、行動だけで成功するなら、誰も苦労しませんよ。頭を使って準備し、分析することがどれだけ重要か、健介さんも経験からわかっているはずです。」

「お、お前さ、頭でっかちになるとチャンスを逃すんだぞ!」大原は明らかに焦りを隠せない様子で反論したが、その声には勢いがなかった。

悠斗はその言葉を冷静に受け流し、さらに続けた。「チャンスを逃さないためには、チャンスが何であるかを見極める力が必要です。そのためには、ただ直感に頼るだけではなく、論理的な思考と分析が不可欠です。直感は時に役立つこともありますが、それが全てではない。むしろ、行動に移す前に、いかに準備を整えるかが成功の鍵だと僕は思っています。」

大原は何も言い返せず、ただ口を開けたまま悠斗を見つめていた。いつも勝ち誇ったような笑みを浮かべていた彼の表情は、今や完全に崩れている。

「健介さん、僕はあなたの行動力を尊敬しています。でも、それを正当化するために、他人の慎重な姿勢を馬鹿にするのは間違っています。どんな方法でも、最終的に結果が伴うかどうかが大事なんです。失敗を直感のせいにするだけでは、成長はないと思います。」

その瞬間、大原は何も言えず、ただ黙り込んだ。周囲の客も彼らのやり取りに気づき、静かなざわめきが広がった。悠斗は大原をこれ以上追い詰めるつもりはなく、ただ冷静に彼の反応を見守っていた。

しばらくの沈黙の後、大原は椅子から立ち上がり、無言で喫茶店を後にした。背中が小さく見えるのが印象的だった。

悠斗は一息ついて、残ったコーヒーを飲み干した。やはり、口論や議論を避ける性格のままでもよかったのかもしれないが、今日はどうしても黙っていられなかった。大原に対する感情は決して嫌悪ではなく、むしろ彼の直感的な行動力に憧れすら感じていた。しかし、だからといって、根拠のない自信や他人への軽蔑を許すことはできなかった。

「ざまぁ…か。」

心の中でつぶやいたその言葉は、決して憎しみや悪意から出たものではなかった。むしろ、論理と冷静さを重んじる自分にとっての小さな勝利の感覚だったのかもしれない。けれど、それ以上に感じたのは、大原の心に少しでも響いたことへの願いだった。

窓の外では、秋風が木々を揺らしていた。冷たい空気がどこか心地よく、悠斗はまた一口コーヒーを飲み、ふと笑みを浮かべた。

「ま、次に期待しよう。」
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