お金持ちごっこ

分かち合う喜び

「分かち合う喜び」

夏の終わり、フリーのクリエイターである朝倉徹は、仕事場で一人、パソコン画面に向かっていた。彼の目の前にあるのは、小説の一章分、ぎっしり詰まったテキストだった。文章を読み返すたび、違和感が募る。自分が本当に書きたいものは何なのか。物語の展開は順調でも、何かが足りない。その何かが、彼の中でずっともやもやとしたままだった。

徹はもともとゲーム開発者としてキャリアをスタートした。しかし、いつしか物語を書くことに興味を持ち、小説を書くことにも挑戦し始めた。小説とゲーム、一見違うように見えるが、彼にとってはどちらも「体験」を共有するための手段だった。しかし、その目的すらも今はぼやけている。

「俺は…誰のためにこれを書いているんだ？」

自分に問うたとき、ふと思い出したのは、彼が初めてゲームを作り上げた日のことだった。まだ二十代前半のころ、数人の仲間と一緒に、ゲームジャムというイベントに参加してゲームを作ったのだ。そのとき彼が作ったのは、シンプルでカラフルなパズルゲームだった。操作も難しくなく、手軽に遊べるように心がけた。そのゲームを発表した際、会場にいた多くの人が楽しそうに笑いながらプレイしてくれた。

「あの時、あの顔が見たかったんだよな…」

彼はふと、そんな気持ちを思い出していた。自分が何かを作ることで、それを誰かと分かち合いたい。自分が感じた喜びを、誰かと共有するために。そんなシンプルな気持ちが、いつしか「評価」や「収益」という現実の重圧に押しつぶされてしまっていたのかもしれない。

翌日、彼は気分転換も兼ねて、近くのカフェに行くことにした。カフェでコーヒーを飲みながら、自分のノートパソコンで小説を読み返していると、ふと隣に座っていた若い女性が話しかけてきた。

「それって、小説ですか？もしよければ、少しだけ読ませてもらってもいいですか？」

彼女の無邪気な声に驚きながらも、徹は頷き、画面を彼女に見せた。彼女は数分間真剣に読み進め、やがて顔を上げて微笑んだ。

「すごく素敵ですね。読んでいて、すごく心が温かくなりました」

彼女の言葉に、徹の胸に小さな火が灯った。彼は、その言葉を聞いて気づいたのだ。自分が誰かのために書くことで、喜びを感じてもらえる。それこそが、彼が創作活動をする根本的な理由なのではないかと。

それから彼は、小説と向き合う姿勢が変わった。登場人物の心情や行動、そして物語の進む方向を、すべて「読者に伝わる形」にこだわって書くようになった。小説の一文一文に、誰かが笑顔になる場面を思い描き、丁寧に言葉を紡いでいった。

ある日、徹は再びゲームにも挑戦してみることにした。テーマは、彼の心に残っていた「分かち合う喜び」だった。小説を書きながら気づいたように、ゲームもただの遊びではなく、喜びを共有する場だと思えたからだ。彼が作ったのは、主人公が冒険の中で仲間を増やしていくシンプルな物語だ。プレイヤーが操作するキャラクターは、ゲームを進める中で次々と出会う仲間と心を通わせ、協力しながら困難を乗り越える。シンプルなストーリーながらも、彼はひとつひとつのキャラクターにユニークな性格と背景を与え、プレイヤーに感情移入させるよう心がけた。

完成したゲームは、オンラインの配信サイトで公開すると、すぐに多くの人々から感想が寄せられた。SNSやレビューサイトには、「このゲームで勇気をもらった」「仲間と一緒に冒険する気持ちが伝わった」といった声が溢れ、徹は喜びをかみしめていた。

数ヶ月後、徹の小説も書き終わり、電子書籍として公開された。小説もまた、読者から多くのフィードバックを得た。「この物語を読んで涙が止まらなかった」「作者さんの思いが伝わってきて、読んでいて温かくなりました」といった感想が、彼の心を満たしていった。

徹は、創作というものが、自分が楽しむだけではなく、相手にも楽しさや感動を与えられるということを、ようやく理解した。作品を通して、誰かの心に響き、喜びを共有できる。その瞬間こそが、彼にとって何よりの報酬だったのだ。

ある日、徹はまた新しい小説の執筆に取りかかっていたが、その傍らには、次回のゲームジャムの参加申込書が置かれていた。「次はどんな喜びを共有できるだろうか？」と、心の中で微笑みながら、新たな物語を描き始めた。