お金持ちごっこ

春秋花壇

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3つの方法

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「3つの方法」

白石亮は、40代半ばにして中小企業の経理課長を務めていた。職場では頼れる存在であり、家庭では2人の子供を育てる父親だった。しかし、日々の生活費や子供の教育費、住宅ローンなどの支払いで、月末には家計が火の車になることもしばしば。裕福とは言えない現状に、亮はいつしか「お金持ちになりたい」という願望を強く抱くようになっていた。

ある日、亮はふとしたきっかけで「お金持ちになるための3つの方法」という記事を見つけた。それには、総資産を増やすためのシンプルな方程式が書かれていた。

総資産=(収入―支出)+(資産×運用利回り)

この方程式から導き出される3つの方法、すなわち「収入を増やす」「支出を減らす」「運用利回りを上げる」のどれかを実行するしかないとあった。亮はその簡潔さに一瞬納得しつつも、同時に現実の厳しさを思い知った。

最初に亮が試みたのは、①「収入を増やす」ことだった。彼は副業を始めることにした。深夜にコンビニのバイトを入れ、週末にはデリバリーの仕事をこなした。疲れ果てた顔で帰宅する亮に、妻の真由美は心配そうな目を向けたが、亮は「これも家族のため」と言い聞かせて頑張った。

しかし、体力は限界に近づき、副業による収入増加もわずかだった。子供たちとの時間も減り、家族の関係はぎこちなくなっていった。亮は、家計の収入が増えても、それ以上のストレスや体調不良がつきまとうことに気づき、次の方法に目を向けることにした。

次に、②「支出を減らす」ことに挑戦した。まずは家計簿を細かくつけ、無駄な支出を見直すことから始めた。外食を減らし、家族旅行も控えた。買い物は安売りの日に限定し、節約術を駆使して少しでも支出を抑えようと努めた。亮は電気の無駄遣いを指摘し、節水シャワーヘッドを買ったりもした。最初は家族も協力的だったが、次第に不満の声が上がるようになった。

「お父さん、なんでこんなにケチケチしなきゃいけないの?」と息子が問い詰める。亮は言葉に詰まり、ただ「将来のためだ」と繰り返すしかなかった。しかし、家族の笑顔は減り、家の中はどこかぎすぎすとした空気に包まれた。支出を減らすことは、単にお金の問題だけでなく、家族の幸せや関係にも大きな影響を与えることを亮は痛感した。

最後に、亮は③「運用利回りを上げる」ことに目を向けた。初めは株式投資や投資信託の勉強を始め、慎重に資産運用を始めた。しかし、亮には投資の経験がほとんどなく、市場の動きに一喜一憂する毎日が続いた。リスクの大きい投資に手を出してしまい、一時的に資産を増やしたものの、その後の相場の下落で大きな損失を被った。

その日の夜、亮は頭を抱えて座り込んでいた。どの方法も試したが、期待した結果には至らなかった。増えた収入も、減らした支出も、リスクを取った投資も、亮に真の安心や満足をもたらすことはなかった。そんな時、妻の真由美がそっと隣に座り、肩に手を置いた。

「亮さん、私たちはもう十分幸せなんじゃないかな」

真由美の言葉は、亮にとって衝撃的だった。自分が求めていたのは本当に「お金持ち」になることだったのか? 亮は思い返した。家族の健康、毎日一緒に食べる食事、子供たちの笑顔。それこそが、彼にとっての「本当の資産」だったのではないかと気づいた。

翌朝、亮はこれまでの努力が無駄だったとは思わなかったが、視点を変えることにした。収入や支出、投資の利回りだけに囚われず、家族と過ごす時間や健康、心の豊かさを大切にすることが、真の意味での「お金持ち」になる道だと悟ったのだ。

亮は「風見鶏」でコーヒーを飲みながら、店の窓から差し込む温かな日差しを眺めた。お金持ちになるための3つの方法は確かにシンプルだが、それだけでは本当の幸せには届かない。亮は静かに微笑み、これからの人生をもう少し穏やかに、そして大切に生きていこうと心に決めた。










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