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13歳 継承
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継承
お盆の夕暮れ、家の中はざわめきと共に蒸し暑さが広がっていた。13歳の私は、忙しく立ち回る母の姿を目で追いながら、自分も何か手伝わなければと気を張っていた。今日はおばあちゃんの新盆で、15人以上の親戚が集まり、家はまるで小さな村のように賑わっている。
母はまさに戦場にいる兵士のようだった。広い台所で野菜を刻み、大鍋で味噌汁を煮込み、次から次へと皿に盛り付けてはテーブルに運んでいく。私はその後を追いながら、お茶を入れたり、食器を並べたりしていたが、忙しさに追いつくことができず、次第に焦りが募っていった。
「ママ、何か手伝うことある?」私は息を切らしながら母に尋ねた。
「ありがとう、じゃあ、この皿をあっちに持って行ってくれる?」母は汗を拭いながら私に笑顔を見せたが、その笑顔には疲れがにじんでいた。
私は言われた通りに、重い皿を抱え、親戚たちが集まる部屋へと向かった。そこでは、親戚たちが楽しげに談笑しながら、ご馳走を囲んでいた。大人たちの笑顔が溢れる一方で、私は何とも言えない違和感を覚えていた。なぜこんなに多くの人が楽しそうにしているのに、母と私はこんなにも忙しいのだろうか?
「農家の嫁は大変だよなあ…」と、おじさんがぼそりと漏らすのが聞こえた。その言葉に私は思わず立ち止まり、振り返った。母の背中が見える場所に立ち尽くし、ただ黙っていた。
母が嫁いできたこの家は、代々続く農家だった。夏の収穫期やお盆には、こうして親戚が集まり、忙しい日々が繰り返される。母はそのすべてを一人で仕切り、文句一つ言わずに働いている。私はまだ子供だったが、母がどれほどの負担を抱えているのか、少しだけ理解できるようになっていた。
「ねえ、どうしてこんなに忙しいの?」私は部屋に戻り、母に尋ねた。母は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、優しく答えた。
「それがこの家の役目だからね。おばあちゃんが亡くなった今、私たちがしっかりとお盆を迎えなきゃいけないのよ。」
その言葉に私は少しだけ納得しながらも、まだ心の中には疑問が残っていた。母が忙しく働く理由を理解しようと努めたが、それでも「理不尽」という感情は消えなかった。どうして母が一人でこれほどまでに働かなければならないのか。その疑問は私の中で深く根を張っていた。
夜が更けると、親戚たちは次々と家を後にし、静寂が戻った。疲れ切った母は、ようやく座り込んで一息ついた。私も隣に腰を下ろし、手にした冷たいお茶をゆっくりと飲んだ。部屋にはお線香の香りが漂い、夏の虫の声が微かに聞こえていた。
「今日はありがとう、よく頑張ったね。」母は私の頭を撫でながら言った。その言葉に、私は少しだけ誇らしい気持ちになったが、同時に胸の奥にチクリとした痛みが走った。
「ねえ、ママ。おばあちゃんもこんなふうに忙しかったの?」
母は少し考えてから、静かに頷いた。「そうね。おばあちゃんもずっと忙しかったわ。でも、それがこの家を支えるために必要なことだったの。」
その答えに、私は言葉を失った。おばあちゃんも、そして母も、この家のために自分を犠牲にしてきたのだと初めて理解した。そして、私もいずれはその役割を担うことになるのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「でも、いつかは私も手伝うからね。ママが少しでも楽になるように。」
その言葉を聞いて、母は微笑んだ。「ありがとう。あなたがそう思ってくれるだけで、十分助かっているわ。」
その夜、私は布団に入りながら、今日の出来事を思い返していた。おばあちゃんの新盆で感じた忙しさと、母の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。私はまだ13歳で、すべてを理解するには時間がかかるだろう。しかし、少しずつでも母を助けるために、自分にできることを見つけていこうと心に決めた。
その決意を胸に、私は静かに目を閉じた。明日もまた、母と共に忙しい日々が続くのだろう。それでも、私はもう一度母の言葉を思い返しながら、少しだけ未来に希望を抱いた。
お盆の夕暮れ、家の中はざわめきと共に蒸し暑さが広がっていた。13歳の私は、忙しく立ち回る母の姿を目で追いながら、自分も何か手伝わなければと気を張っていた。今日はおばあちゃんの新盆で、15人以上の親戚が集まり、家はまるで小さな村のように賑わっている。
母はまさに戦場にいる兵士のようだった。広い台所で野菜を刻み、大鍋で味噌汁を煮込み、次から次へと皿に盛り付けてはテーブルに運んでいく。私はその後を追いながら、お茶を入れたり、食器を並べたりしていたが、忙しさに追いつくことができず、次第に焦りが募っていった。
「ママ、何か手伝うことある?」私は息を切らしながら母に尋ねた。
「ありがとう、じゃあ、この皿をあっちに持って行ってくれる?」母は汗を拭いながら私に笑顔を見せたが、その笑顔には疲れがにじんでいた。
私は言われた通りに、重い皿を抱え、親戚たちが集まる部屋へと向かった。そこでは、親戚たちが楽しげに談笑しながら、ご馳走を囲んでいた。大人たちの笑顔が溢れる一方で、私は何とも言えない違和感を覚えていた。なぜこんなに多くの人が楽しそうにしているのに、母と私はこんなにも忙しいのだろうか?
「農家の嫁は大変だよなあ…」と、おじさんがぼそりと漏らすのが聞こえた。その言葉に私は思わず立ち止まり、振り返った。母の背中が見える場所に立ち尽くし、ただ黙っていた。
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「ねえ、どうしてこんなに忙しいの?」私は部屋に戻り、母に尋ねた。母は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、優しく答えた。
「それがこの家の役目だからね。おばあちゃんが亡くなった今、私たちがしっかりとお盆を迎えなきゃいけないのよ。」
その言葉に私は少しだけ納得しながらも、まだ心の中には疑問が残っていた。母が忙しく働く理由を理解しようと努めたが、それでも「理不尽」という感情は消えなかった。どうして母が一人でこれほどまでに働かなければならないのか。その疑問は私の中で深く根を張っていた。
夜が更けると、親戚たちは次々と家を後にし、静寂が戻った。疲れ切った母は、ようやく座り込んで一息ついた。私も隣に腰を下ろし、手にした冷たいお茶をゆっくりと飲んだ。部屋にはお線香の香りが漂い、夏の虫の声が微かに聞こえていた。
「今日はありがとう、よく頑張ったね。」母は私の頭を撫でながら言った。その言葉に、私は少しだけ誇らしい気持ちになったが、同時に胸の奥にチクリとした痛みが走った。
「ねえ、ママ。おばあちゃんもこんなふうに忙しかったの?」
母は少し考えてから、静かに頷いた。「そうね。おばあちゃんもずっと忙しかったわ。でも、それがこの家を支えるために必要なことだったの。」
その答えに、私は言葉を失った。おばあちゃんも、そして母も、この家のために自分を犠牲にしてきたのだと初めて理解した。そして、私もいずれはその役割を担うことになるのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「でも、いつかは私も手伝うからね。ママが少しでも楽になるように。」
その言葉を聞いて、母は微笑んだ。「ありがとう。あなたがそう思ってくれるだけで、十分助かっているわ。」
その夜、私は布団に入りながら、今日の出来事を思い返していた。おばあちゃんの新盆で感じた忙しさと、母の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。私はまだ13歳で、すべてを理解するには時間がかかるだろう。しかし、少しずつでも母を助けるために、自分にできることを見つけていこうと心に決めた。
その決意を胸に、私は静かに目を閉じた。明日もまた、母と共に忙しい日々が続くのだろう。それでも、私はもう一度母の言葉を思い返しながら、少しだけ未来に希望を抱いた。
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