縁(えにし)

春秋花壇

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13歳 父の教え

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父の教え

中村健太は13歳の誕生日を迎えたばかりの少年だった。彼は田舎の小さな町で育ち、父親である隆と二人で暮らしていた。母親は健太が幼い頃に亡くなり、隆はそれ以来、男手一つで健太を育ててきた。

隆は大工で、毎日木材を扱い、家を建てる仕事に精を出していた。彼は寡黙な人間で、言葉よりも行動で示すタイプだった。健太はそんな父を尊敬していたが、父の厳しさに時折怯えることもあった。

ある日、健太は学校から帰宅すると、父が庭で小さな棚を作っているのを見つけた。父は新しい工具を使い、慎重に板を切り、釘を打っていた。健太は興味津々で近づき、「手伝ってもいい?」と尋ねた。

隆は黙って頷き、健太に板を持つように指示した。健太は嬉しくて、父の指示に従いながら一緒に作業を進めた。棚がほぼ完成に近づいたとき、健太は「これくらいでいいか」と思い、最後の釘を少し雑に打ちつけた。

その瞬間、父の手が動きを止めた。彼は静かに道具を置き、健太を見つめた。隆の目には厳しさが宿っていた。

「健太、雑な仕事の仕方をするな」と、父は低い声で言った。

健太は驚いて父の顔を見上げた。隆は続けて言葉を紡ぎ出した。「仕事は、人の目に見えない部分でも、丁寧にやることが大切だ。それが本当の職人の誇りだ。」

健太は何も言えず、ただ頷いた。父の言葉は、彼の心に深く刻まれた。雑に打った釘を抜き、丁寧にもう一度打ち直した。父はその様子を見守りながら、少しだけ微笑んだ。

それ以来、健太は父の教えを胸に刻んで日々を過ごすようになった。学校の宿題や家の手伝いでも、常に「雑な仕事をしてはいけない」と自分に言い聞かせた。友達と遊ぶ時も、父の言葉が頭をよぎり、手を抜かないように努力した。

数年後、健太は高校に進学し、建築を学ぶことを決意した。父の影響を強く受けた彼は、自分も父のように誇りを持って仕事ができる職人になりたいと思うようになった。高校の授業で初めての木工作業があったとき、健太は父から学んだ通り、慎重に板を切り、丁寧に組み立てた。先生からは「中村君の作品は特に丁寧で素晴らしい」と評価され、健太は誇らしさとともに、父の教えが生きていることを感じた。

高校卒業後、健太は地元の建築会社に就職した。初めての現場では、年上の先輩たちに囲まれながら、初心者としての洗礼を受けた。厳しい仕事の中で、体力的にも精神的にも辛いことが多かったが、健太は決して手を抜かず、一つ一つの作業を丁寧に行った。

ある日、健太は古い木造家屋の修復作業を任された。家は歴史ある建物で、細部に至るまで繊細な技術が求められた。健太は、父の言葉を再び思い出しながら、慎重に作業に取り掛かった。

作業が進む中、健太は見えない場所にも腐食が進んでいる部分を発見した。通常であれば、修復が難しいと判断されるかもしれない箇所だったが、健太はそれを見逃さず、丁寧に補修した。見えない部分にも手を抜かない姿勢は、健太の誇りであり、父の教えを体現するものだった。

修復作業が終わり、建物が見事に蘇ったとき、健太の上司である村上が彼に声をかけた。「中村、お前の仕事ぶりは本当に見事だ。特に、見えないところまでしっかりと手をかける姿勢には感心した。誰もができることじゃない。」

その言葉に、健太は父の教えが正しかったことを再確認した。そして、家に帰ると、久しぶりに父に電話をかけた。父はすでに引退し、静かに過ごしていたが、健太は電話越しに、自分の成長を報告した。

「父さん、俺、仕事で評価されたよ。雑な仕事をするなっていう父さんの教えが、俺の支えになってる。」

電話の向こうで、父は静かに笑った。そして、「それが職人の道だ。お前がその道を選んでくれて嬉しいよ」と、短い言葉で返した。

健太はその言葉を聞き、胸が熱くなるのを感じた。父の教えは、彼にとって一生の宝であり、その教えに従い続けることが、自分が選んだ道を歩むための指針となっていた。

その後も、健太は変わらず丁寧な仕事を心がけ、職人としての腕を磨き続けた。彼の評判は次第に広まり、多くの人々から信頼を得るようになった。そして、何年も経ったある日、健太は父がかつて使っていた工具を手に取り、そっとその刃を研ぎ直した。工具の持ち手には、長年の使用による傷が無数に刻まれていたが、それが父の誇りと努力の証であることを、健太はよく理解していた。

その工具を手にした時、健太はふと父の姿を思い浮かべた。父の背中は、常に真摯で、力強く、そして温かかった。健太はその背中を追い続けることで、ようやく自分自身の道を見つけたのだと気づいた。

「雑な仕事の仕方をするな」――その言葉は、今も健太の心に深く刻まれている。そして、これからも彼の道を照らし続ける光となるだろう。







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