お金がない

春秋花壇

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冬のひととき

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冬のひととき

小さなワンルームのアパート。その一室には暖房の代わりに厚手の毛布を何枚も重ねてしのぐ男がいた。30代半ばの彼は、仕事を辞めた後の生活の厳しさに向き合いながらも、どこか穏やかな表情を浮かべている。

家計簿アプリを開くと、残高はわずか数千円。冷蔵庫にはほとんど何も入っておらず、棚には買い置きのきな粉と砂糖が少しだけ。「タバコはもうしばらく我慢だな……」そうつぶやきながら、彼は鍋をコンロにかけた。

水を少しだけ沸かし、その中にきな粉と砂糖を溶かしていく。湯気が立ち上り、甘い香りが部屋を包む。カップに注ぐと、ほんのり黄色い液体が冷たい手を温めた。

「ほっこりドリンク、完成。」
ひとりごちて口をつけると、素朴でやさしい甘さが口いっぱいに広がる。お金があった頃は、カフェで高価なラテやスイーツを楽しむことが当たり前だった。だが今、この簡単な飲み物が何倍もおいしく感じられるのは不思議だった。

「こういうのも悪くないかもな。」
彼は自分に言い聞かせるようにつぶやき、カップを手に窓の外を見た。見えるのは、静まり返った住宅街の景色。街灯の光が、薄く積もった雪を淡いオレンジ色に染めている。

日々の生活は決して楽ではない。電気代を節約するために暖房を消し、冷えた部屋で毛布にくるまりながら過ごす夜。スーパーで見切り品の野菜を買い、なんとか一日をやり過ごす工夫の数々。

「お金がないって、本当にこういうことなんだな……」
そう思うと、どこか滑稽で、少しだけ涙ぐんでしまう。それでも、彼はどこか誇らしかった。豪華なものがなくても、なんとかやりくりして生活を続けている自分が、いじらしくて、心からいとおしいと感じた。

「頑張れ、自分。負けるな、自分。」
彼はカップを掲げて、自分自身にエールを送る。きな粉の甘さは、彼の小さな心の支えだった。

ある日、郵便受けに一通の手紙が届いていた。それは、昔の職場の先輩からだった。そこには簡単な近況報告とともに、こんな一文が書かれていた。
「もし困っているなら、いつでも声をかけてくれ。」

その一言が、彼の胸をじんわりと温めた。誰かが自分を気にかけてくれている。それだけで、少しだけ生きる力が湧いてくる。

「もう少し頑張ってみるか。」
彼は手紙を机の上に置き、きな粉ドリンクを作る準備を始めた。お湯を沸かしながら、次にやりたいことを考える。失敗しても、またやり直せばいい。今の自分には、少なくともその時間がある。

きな粉ドリンクを手に再び窓辺に座る。外では、近所の子供たちが雪合戦をしている声が聞こえた。凍えるような寒さの中でも、笑顔と歓声が絶えない。

「そうだな、俺も負けてられない。」
彼はカップを口に運び、小さな笑みを浮かべた。甘い飲み物の温もりが、彼の体だけでなく、心の奥底までじんわりと染み渡っていく。

その夜、彼はいつもより少しだけ早く寝床に入った。明日を少しだけ楽しみに感じながら。






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