お金がない

見えない糸

「見えない糸」

西宮市の法人会長、田村雅之（78歳）は、日々の忙しさの中で無意識に年齢を感じることが多くなった。近年、体力の衰えもあり、足を運ぶ仕事も減り、次第に家で過ごす時間が長くなっていた。そんなある日、彼のスマートフォンにLINEが届いた。送信者は見知らぬ名前の人物だった。

「投資のチャンスがあります。ご興味があれば、是非ご参加ください。」

そのメッセージがきっかけで、雅之は思いもよらない道に引き込まれていった。最初は小さな投資話から始まり、次第にその魅力的な話に引き込まれていった。相手は、口を揃えて言った。

「大きな利益が出るチャンスです。外国為替証拠金取引（FX）を利用すれば、短期間で大きなリターンが得られます。」

雅之はもともと、若いころから金融に関心があり、多少なりとも投資経験があった。しかし、このグループは他の投資話とは一線を画していた。相手は非常に説得力があり、次々と過去の成功事例を挙げ、彼に安心感を与えた。メールの内容には、丁寧な説明とともに、成功したメンバーの証言が並び、雅之の心は次第にその魅力に引き寄せられていった。

最初は数十万円を投じることに躊躇があったが、相手はしきりに「少額からでも試してみる価値はあります」と説得した。彼の言葉に背中を押されるように、雅之は最初の振込を決意した。少額から始め、徐々に利益を増やしていくつもりだった。

しかし、振込が進むにつれて、雅之は不安を感じることはなかった。そのグループのメンバーたちは、皆親切で、次第に「仲間」のような感覚を抱くようになった。サイトでは、彼が投資した金額に応じて増え続ける数字が表示され、最大7億円の利益が出ているというグラフが日々更新される。それはまるで自分が本当に成功しているように感じさせた。

「これは本物だ。これが現実なら、私はもう少しで大金持ちになる。」雅之は心の中で自分に言い聞かせていた。

そして、11月の初め、彼はこれまでに振り込んだ金額が1億7800万円に達していた。その時点で、彼の口座には、7億円以上の利益が「出ている」と表示されていた。雅之は、自分の目の前に広がる未来を想像していた。

だが、ある日、雅之が出金を依頼すると、突然相手から連絡があった。

「出金には、指導料として約2600万円が必要です。」

その言葉を受け取った瞬間、雅之の心に違和感が走った。指導料？それまでそのような話は一度もなかったはずだ。冷静に考えてみると、何かがおかしい。どうして突然、金額が必要になるのか？

不安に駆られた雅之は、すぐに弁護士に相談した。その結果、全てが詐欺であることが発覚した。グループは架空のもので、投資金額は一度も実際に運用されていなかった。サイト上に表示された利益は、ただの虚構であり、雅之のような犠牲者から集めたお金を他の被害者に回していただけだった。

弁護士からは、すぐに警察に届け出るようにと言われた。西宮署に届け出た雅之は、顔を覆うようにして涙をこぼした。今まで築き上げたものが一瞬で崩れ落ちた。自分がこんなにも簡単に騙されるとは、思いもよらなかった。

「どうして、あんなにも信じてしまったんだろう。」雅之は、自分の無力さに胸を痛めていた。

警察は、詐欺グループの摘発に向けて捜査を開始したが、雅之はもはや、元の生活に戻ることができるとは思えなかった。失ったお金は取り戻せないだろうし、何よりも自分の判断力を信じられなくなっていた。

その後、警察の調査により、詐欺グループは全国的に活動をしており、雅之を含む多くの被害者が明らかになった。しかし、すでにグループの中心人物たちは姿を消しており、捕まることはなかった。

「こんなことなら、最初から関わらなければよかった。」雅之は心の中で何度も繰り返していた。しかし、いくら後悔しても、取り戻せない現実が目の前にあるだけだった。

その後、雅之は新たに生きる力を取り戻すため、小さなボランティア活動に参加することを決意した。失ったお金は取り戻せなくても、心の中の誠実さだけは、誰かのために使いたいと思った。