お金がない

デジタルの罠

 デジタルの罠

舞台は2023年、静かな地方都市。
パート勤務を終えた陽子（50歳）は、自宅のソファに腰を下ろし、スマートフォンを手に取った。息子は独立し、夫とは離婚。家には静寂しかなかった。彼女の癒しは、SNSでの交流。そこで知り合った一人の男性、アレックスとのやり取りが、最近の楽しみだった。

「今日もお疲れさま。少しでも楽しいことがあるといいね」
アレックスから届くメッセージは、陽子の心を温かくしてくれた。年齢は彼女より少し上、ロンドン在住の投資家だという。プロフィール写真には優しそうな笑顔が映っていた。

恋の始まり
やり取りを重ねるうちに、陽子は自然と心を開いていった。アレックスも同じようだった。彼は仕事の話や孤独な日々について語り、陽子を励ましてくれた。

「僕が君のそばにいたら、毎日をもっと楽しくできるのに」
そんな言葉に、陽子は心を奪われた。

ある日、アレックスは興奮した様子でメッセージを送ってきた。
「大きな投資のチャンスを見つけたんだ。一緒に始めないかい？僕たちの未来のために。」

陽子は迷ったが、彼の誠実な態度と、自分に寄せる熱意に押され、少額から始めることにした。アレックスが教えてくれた投資サイトは、プロフェッショナルなデザインで信頼できそうだった。陽子は日ごとに増えていく数字を眺め、初めての「成功」に胸を躍らせた。

見えない崖
数週間後、アレックスから連絡が来た。
「陽子、大変だ。大きな利益を出すために、もう少し資金が必要なんだ。君を信じているから、一緒に乗り越えよう。」

彼女はためらいながらも、アレックスのためにと再び送金した。それが「最後」と言われるたび、陽子は追加の送金を繰り返した。

だが、ある日を境に、サイトへのログインができなくなった。アレックスも急に連絡が途絶えた。

不安になった陽子は、警察に相談した。そこで初めて、自分が「ロマンス詐欺」の被害に遭ったと気付かされた。

壊れた夢
警察で状況を聞かれた陽子は、涙ながらに語った。
「彼は優しかったんです。本当に私を大事に思ってくれていると思いました。」

警察官は静かにうなずき、同じような被害が増えていることを説明した。「SNSでの出会いは便利ですが、見知らぬ相手にお金を送ることは危険です」と。

再生への一歩
失った金額は大きく、陽子の心にも深い傷を残した。しかし、彼女は自分を責めるのをやめることにした。「騙された私が悪いんじゃない。悪いのは、私の善意を利用した人たちだ」と。

それから数ヶ月後、彼女は地域の支援グループに参加し、自分の経験を語ることで他の被害を防ぐ活動を始めた。「私と同じような人を減らしたい」と。

陽子は思う。デジタルの世界での繋がりは便利だが、その裏に潜む危険もあると。
人々に注意を促しつつ、彼女は新たな一歩を踏み出していく。

陽子の物語は、多くの被害者の心に響き、詐欺防止の活動が広がるきっかけとなった。SNS型詐欺という新しい時代の罠。その犠牲を減らすための戦いは、今も続いている。