お金がない

少女の選択

「少女の選択」

秋の冷たい風が吹く午後、16歳の少女、沙織（仮名）は、多治見市の住宅街に立っていた。彼女は、身分証も出さずに手軽に手に入る制服を羽織り、宅配業者に成りすましていた。これから向かう家には、80代の高齢女性が住んでいる。彼女が持っている白い封筒には現金120万円が入っているはずだった。

沙織は、電話で「甥」を名乗る男から指示を受けていた。男は冷静で、優しげな声で丁寧に話してくれた。「これで君も少しは楽になるよ。ほんの少し協力するだけでいいんだ」と。沙織は、家庭の状況や進学についての悩みを抱えていた。親が失業し、家計は逼迫していた。彼女が選んだ道は、一度きりの「受け子」だったが、それは簡単に抜け出せるものではなかった。

玄関を開けた高齢女性の顔を見たとき、沙織の心は一瞬揺らいだ。どこか自分の祖母を思い出すような、温かく優しい表情をしていた。女性は少し不安げに封筒を差し出し、「本当に大丈夫なのかしら」と呟いた。沙織は一瞬、手が止まったが、「はい、大丈夫ですよ」と微笑んでみせた。彼女の指示は、ただ「受け取って渡す」こと。だから「私は関係ない」という思いを必死で自分に言い聞かせた。

現金を受け取り、沙織は家を出るとすぐに指定された待ち合わせ場所へと急いだ。そこにはまた別の「中継役」が待っている。彼に現金を渡せば、彼女の仕事は完了する。しかし、その道中、沙織のスマートフォンに甥本人を名乗る男性の電話がかかってきた。彼の声は怒りと悲しみに満ちていて、「君がやっていることは詐欺なんだぞ」と訴えかけてきた。

その言葉は沙織の心に刺さった。彼女は言い返せないまま電話を切ったが、胸が締め付けられるような気持ちに襲われた。簡単な仕事だと思っていたことが、目の前の女性に重大な傷を残すことを理解したのだ。彼女が家に戻る途中、警察のサイレンが響き、彼女は捕まった。

警察署の取調室で、沙織は事件について詳しく聞かれた。彼女は全てを認め、涙ながらに自分の状況を語った。自分の家庭や経済的な事情で追い詰められていたこと、そして「受け子」として一度だけの「仕事」で終わると思っていたことを。しかし、警察の捜査官は無言で彼女の話を聞くだけで、沙織の行動が許される理由にはならなかった。

沙織が思い描いていた「一度だけの手助け」は、実際には決して単純なものではなかった。彼女が渡したお金は、簡単には戻ってこないし、被害にあった女性の心には深い傷が残った。それを理解したとき、彼女は初めて自分の行為がもたらした影響の大きさを実感した。

数日後、沙織は再び取り調べを受けるために連行され、別の詐欺事件にも関わっていたことが明らかになった。彼女の選択は、家族や未来、そして何より自分自身への信頼を失わせるものだった。彼女の罪を償う道は長く険しいものだろうが、沙織は少しでも贖罪の気持ちを抱きながら、真実と向き合う決意を固めた。

エピローグ

数年後、沙織は自らの過ちを振り返りながら、社会復帰に向けたプログラムに参加していた。彼女は失ったものの大きさを知りながらも、少しずつ前へと歩み出すことを決めた。その心には、あの高齢女性との短い会話が、ずっと残り続けていた。