お金がない

ATMの彼

『ATMの彼』

美香は、男に何も期待しない主義だった。愛だの信頼だの、そんなものはすべて幻想に過ぎないと思っていた。実際、彼女の過去の恋愛経験がその考えを裏付けるものばかりだった。付き合った男たちは、皆一見優しく見えるが、時間が経つと結局彼女に何かを求め始める。気づけば、美香はいつもその期待に応えなければならない立場にいた。

だが、最近知り合った大樹は少し違っていた。彼は美香に対して何も求めてこなかった。それどころか、彼女が困ったときはすぐに手を差し伸べてくれる。お金のことも、少しでも生活が厳しくなれば気前よく援助してくれるのだ。彼の存在が、美香にとって徐々に都合の良いものとなっていった。

「今度、ブランドバッグ欲しいな…」

ふと、美香が口に出しただけで、大樹は次の日にそれをプレゼントしてくれた。彼女は感謝の言葉を述べるが、心のどこかでは当然だと思っている自分がいた。彼の役割は、ただ彼女を満足させること。それだけで十分だった。

次第に美香は彼を「ATMの彼」として認識するようになっていった。感情を絡めない関係が、彼女には心地よかった。求められることもなければ、愛を証明する義務もない。お互いが独立した存在でありながら、大樹の側からは支えを与え続ける関係。彼女はそれが理想的だと考えていた。

しかし、そんなある日、大樹が珍しく真剣な顔で話を持ち出してきた。

「美香、これからもずっと君のために尽くしていきたいと思ってるんだ。結婚…しよう」

その言葉に美香は凍りついた。彼の真摯な眼差しを受けて、いつものように「ありがとう」とだけ返すことはできなかった。彼女の中で、今まで平穏だった関係が急に揺らぎ始めたのだ。

「ごめんなさい、大樹。私は…そのつもりじゃないの」

彼の表情が曇ったのが分かったが、彼女の心は不思議と冷静だった。大樹は「何が悪かったんだろう」とつぶやいたが、美香はそれを聞き流した。彼女にとって大樹は、心を満たす存在ではなく、あくまで彼女の生活を潤す手段でしかなかったのだ。

それから数日後、大樹との関係は自然と疎遠になっていった。彼からの連絡も減り、彼女も返信をしなくなった。ふと気づくと、彼は彼女の生活からすっかり姿を消していた。

ある夜、美香は一人で街を歩きながら、ふと思った。大樹のような存在がいない生活が、こんなにも虚しいものだとは思わなかった。彼の支えを失った今、彼女には何の支えもない。周りの華やかなネオンが、逆に彼女の心の空虚さを際立たせるようだった。

彼女は自分が作り上げた壁の向こうに、何か大切なものを置き去りにしてしまったのかもしれないと感じ始めていた。そして、彼をただのATMとしか見ていなかった自分の浅はかさに気づき、後悔の念が押し寄せてきた。

「本当に欲しかったのは、愛だったのかもしれない…」

その呟きが、夜の闇に消えていった。