お金がない

虚構の愛

『虚構の愛』

薄暗い部屋の中、花子は画面に向かいスマートフォンを操作していた。彼女の指先がメッセージを打つたび、心の中で罪悪感が少しずつ広がっていく。だが、その感情を必死に押し込めながら、画面に表示される男性のメッセージを見つめていた。

彼の名前は佐藤義人。花子にとっての「ターゲット」だ。彼は40代後半で、地方の会社を経営しており、妻とは数年前に別れ、一人で娘を育てていると聞いた。義人のメッセージからは、孤独と優しさがにじみ出ており、花子はその弱さを知っている。彼女の任務は、彼を信用させ、感情を深く引き出すことだった。

「義人さん、今日はどうしてもあなたに会いたい気分だったの。今すぐ会えないのがもどかしいわ」

花子のメッセージが送信され、しばらくすると義人から返事が来た。「俺もだよ、花子さん。早く会って、抱きしめたい…でも今は娘の学校の費用がかさんで、お金が厳しいんだ」

彼女は微笑んだ。これで義人の弱点を一つ手に入れた。お金の不安、娘の将来を守りたいという父親としての責任。彼の心に生じた隙間を埋めるように、花子はさらに感情を込めて返信した。「お金のことなら心配しないで。もし私に助けになれることがあれば、いつでも言ってね」

数日後、義人はとうとう資金援助を花子に頼んできた。「もし、俺のことが本当に大事なら、少しの金額でいいから支えてほしい。もちろん、返すつもりだから」

それを読んだ花子は、指先に躊躇を感じた。彼女がこの仕事に手を染めるきっかけは、かつての生活の絶望だった。愛を信じて結婚し、夫と共に築き上げようとした家庭は、暴力と裏切りに染まっていた。家を追われ、借金を抱え、居場所を失った時、彼女に残されたのはわずかな自尊心だけだった。そして、彼女は自分の心の奥底に潜む「愛されたい」という欲望を利用することにしたのだ。

「義人さん、私にできることがあるなら喜んで協力するわ」

そうメッセージを送り、花子は彼に少額を振り込ませることに成功した。だが彼女にとって、これはまだ序章に過ぎない。義人がさらに深く、花子という存在にのめり込むまで、慎重に計画を練り直していく。

しばらくして、義人から彼女に「君がそばにいると感じるだけで心が落ち着く」とのメッセージが届いた。その言葉は花子の心を一瞬揺るがせた。彼は真実を信じ、心から花子を愛しているのかもしれない。だが、彼女はその愛を、純粋な感情として受け取ることができないことに苦しんだ。

「ごめんなさい、義人さん。あなたの愛を本当に返すことはできないの」

彼女はそう思いながらも、次の標的について考え始めていた。彼女のように過去に傷つき、絶望の中で生きるための手段としてロマンス詐欺に身を投じた女性たちは少なくなかった。それぞれが、自分を傷つけた愛に復讐しようとするかのように、他人を欺くことに心を傾けていたのだ。

ある日、彼女は最後のメッセージを送った。「義人さん、もう少しだけ待ってて。私が本当に愛していることを証明するから」

その後、彼女は電話番号を変更し、すべての連絡を断った。義人の心に残されたのは、ただの幻でしかなかった。彼が気づく頃には、花子は別の都市で新たな「仕事」を始めていることだろう。

「本当の愛なんて、どこにあるのかしら？」

彼女の心の中で、静かなつぶやきが響いた。