お金がない

トクリュウ

「トクリュウ」

夏の終わり、神奈川県の横浜市に住む27歳の大学生、盛海斗（もり・かいと）は、自分の行動が今まさに破滅へと繋がることを理解していなかった。彼は決して一流の大学生ではなく、むしろアルバイトに明け暮れる日々を過ごしていた。それでも、彼には一つだけ得意なことがあった。それは、「うまく人を操ること」だった。

SNSの裏でつながり、仲間たちと共に周到に仕組んだ犯罪――それが「トクリュウ」の計画だった。彼の仲間たちは、普通の人々には理解できないほど冷徹で、そして巧妙に詐欺を働く方法を選んだ。

海斗はSNSを使い、偽造のロレックスの腕時計を高価なブランド品として販売するという大規模な詐欺事件の指示役だった。彼の役割は、偽造品を「供給」すること。精巧に作られた偽ロレックスを、実際に手にすることなく、それを他人に売りつけることだった。その指示を実行するために、彼は「5人」のグループのリーダーとして動いていた。

そのグループの中には、16歳の少年もいた。少年はどこにでもいるような普通の少年で、学校にも通っている。しかし、彼の目にはどこか冷徹な光が宿っていた。少年は、彼にとって特別な存在だった。海斗の指示に従い、腕時計を買取店に持ち込み、「本物」と偽って売却する手順を実行していた。その際の連絡方法も、すべて「秘匿性の高い通信アプリ」を通じて行われていた。連絡は一切の痕跡を残さないように行われ、警察に追跡されることがないように徹底していた。

ある日、海斗と少年は広島市のブランド品買取店に向かうため、新幹線に乗った。少年は手に持っている偽ロレックスが本物に見えることを、確認した。精巧な作りで、どこから見ても高価なものにしか見えなかった。広島での売却は、彼らの次なる大きな収入源になるはずだった。

広島に到着すると、少年は指示通りに買取店に向かい、偽のロレックスを売却した。店員は疑念を抱くことなく、買い取る手続きを進めた。少年が持ち込んだ時計が本物だと信じ込んでいたからだ。彼はそのまま店を後にし、高知のグループメンバーと合流し、売却の代金を受け取った。

その時、海斗はその事実を確認してほくそ笑んだ。このまま順調に事が運べば、次はもっと大きな額が動く。それに、犯罪がうまく進んでいる限り、自分には何のリスクもないと信じていた。

だが、運命は突然その歩みを止めた。数日後、海斗の元に警察から連絡が入った。警察は彼のSNSアカウントを追跡しており、彼とその仲間たちの行動を逐一把握していた。そして、少年も含め、グループの一部がすでに逮捕されていた。

高知県警は、これまでに逮捕されたメンバーを取り調べ、そのつながりを明らかにしていった。海斗と少年が、犯行を指示していたことが証拠として突き止められた。そして、彼らが他の犯行グループの上位に位置し、犯罪の全体的な指導を行っていたことが明らかとなった。

それから数日後、海斗は警察に逮捕されることとなった。彼が自分の罪を認めることはなかったが、警察の証拠は圧倒的だった。広島の買取店からは430万円、高知の店からは250万円を騙し取った証拠が次々と明らかになり、彼の関与は間違いないとされた。

少年は逮捕される前に、海斗に最後のメッセージを送った。「どうしてこんなことをしたんですか？」という問いかけに、海斗はただ無表情で答えた。「俺はただ、金が欲しかった。それだけだ。」

海斗は刑事事件として裁かれることとなった。だが、その背後には、もっと大きな犯罪組織の影があった。警察は捜査を続け、「トクリュウ」の上位にあたる人物を追い詰めていった。

事件は、SNSを駆使した現代的な犯罪手口がいかに恐ろしいものであるかを浮き彫りにした。海斗と少年は、いずれもその先に待つ長い刑務所生活を予感していた。だが、最も恐ろしいのは、まだ全てが解決したわけではないということだった。