お金がない

春秋花壇

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闇の手口

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「闇の手口」

翔太はその日、薄暗い部屋でスマホの画面を凝視していた。就職もせず、アルバイトだけで食いつないできた彼だったが、新型感染症禍でそのバイトすら見つからなくなっていた。彼の財布は常に空っぽで、家賃の支払いにも窮する生活が続いていた。

ある夜、ネットの掲示板を見ていると、不思議な書き込みを見つけた。

「高額報酬バイト。短時間で一仕事。詳細はDMで」

不審に思いながらも、翔太は思わずその投稿にメッセージを送ってしまった。すぐに返信が返ってきて、「仕事の詳細は後ほど連絡するが、まずは体力に自信があるか?警戒心は強いか?」などと問われた。彼は「楽に稼げるバイト」と期待し、言われるがままに回答した。

数日後、再び連絡があり、翔太は指定された場所に赴いた。指定されたのは、都心から少し離れたビルの一室。表札もなく、真っ黒なガラスに覆われたその部屋は、不気味な雰囲気を漂わせていた。中に入ると、マスクをつけた男が無言で彼を待っていた。

「君が…翔太くんか?」

男は低い声で確認すると、椅子を勧め、封筒をテーブルの上に置いた。翔太は一瞬、帰るべきだと感じたが、男の話を聞き始めてしまった。

「君には、少し“特殊な仕事”を頼みたいと思っている。成功すれば、これが報酬だ」

封筒を開けると、中には10万円ほどの札束が入っていた。それだけではなかった。封筒には次の仕事で受け取れる額が書かれた紙もあり、翔太の目は金額に釘付けになった。翔太は深く考えることもなく、その場で頷いた。金の魅力に心が支配されてしまったのだ。

翌日、男から指示が届いた。翔太の「仕事」とは、特定の場所に向かい、用意された袋を受け取って別の場所に届けるだけという単純な内容だった。しかし、具体的な詳細や目的は一切教えられなかった。やがて、彼の“仕事”は徐々にエスカレートしていく。

ある日、指示書にはこう書かれていた。

「仕事のため、民家に入り、指定の物を持ち帰れ。報酬は10倍に上がる」

翔太は一瞬言葉を失った。いわゆる「強盗」を指示されたのだ。しかし、頭の片隅で「これも運が悪い家だけのことだ」と言い訳し、手を汚すことを自分に正当化した。

夜遅く、彼は指定された民家に忍び込み、リビングの棚から男に指示された物を探し出した。そのとき、背後から足音が聞こえ、冷や汗が流れた。心臓が激しく脈打つのを感じながら、急いで家を飛び出し、指示された場所へ「商品」を届けた。男は報酬を渡し、淡々とした口調で「次も頼む」とだけ言った。

数週間、彼は同様の「闇バイト」を続けた。やがて、彼の生活は一変した。十分な金が手に入り、以前のように貧困に悩まされることはなくなった。高級なスマホに買い替え、ブランド物の服も手に入れた。だが、その裏には、重い罪の意識が常につきまとっていた。

ある日、ニュースで「民家強盗事件」が報じられ、翔太は息をのんだ。昨晩忍び込んだ家のことだった。家の主人が帰宅して被害に気づき、警察が調査を開始しているという。翔太の体は冷たく震え出し、罪の意識が一気に押し寄せた。

「これ以上はまずい、足を洗おう」

彼はそう心に決め、次の指示には応じないことを考えた。しかし、男から電話が鳴り響き、冷ややかな声が響いた。

「次の仕事を逃げるつもりか?君の情報はすべて知っている。もし裏切れば、それなりの報いを受けるだろう」

男の言葉は脅迫そのものだった。翔太の名前や住所、家族構成まで、男はすべてを把握していた。逃げることは許されず、再び恐怖と金の渦に引き戻されてしまう。

翔太は次第に、逃れられない罠に捕まっていることを痛感し始めた。彼は罪の意識に苛まれながらも、「次の仕事」へと向かう。これはもはや、仕事ではなく「奴隷」として男に使われているようなものだった。

数か月後、ある夜、警察がそのビルに踏み込んだ。翔太をはじめとする「闇バイト」の実態が警察の目に留まり、逮捕が行われたのだ。部屋に踏み込んできた警官たちは、翔太を無表情で連れ出し、手錠をはめた。彼はただただ唖然としながら、連行される自分が信じられなかった。

「どうして、こんなことに…」

翔太は、ただ金が欲しかっただけだった。楽をして生きたいと願い、軽い気持ちで「闇バイト」に手を出したつもりだった。しかし、その代償はあまりにも大きく、彼の人生を根本から崩壊させる結果となった。

新聞には「闇バイトによる強盗事件」と大きく報じられ、彼の名前が世間に晒された。かつて彼が関わっていた家族も友人も、彼のもとを去り、彼は一人の犯罪者として社会から隔離された。

牢獄の中で翔太は、自らの選択が招いた結末について思い悩んでいた。金を得た代償は、自分自身と人生そのものを失うことだったのだ。

彼が刑務所の冷たい鉄格子越しに見つめる冬の空は、まるで彼の未来を映すように暗く沈んでいた。そして、どれだけ後悔しても戻ることのない日々が、彼の心をさらに冷たく締め付けるのだった。








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