お金がない

春秋花壇

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疑念の向こうに

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「疑念の向こうに」

寒さが深まり、年末の雰囲気が街に漂い始めていた。外の冷たい風が窓を叩く音が、静かな部屋の中に響いている。佐藤貞子(78歳)は、暖房の効いたリビングでお茶をすすりながら、テレビを眺めていた。普段は一人で過ごすことが多かったが、今日は息子が訪ねてくるという。忙しい仕事を持つ息子に、年末のひとときくらいはゆっくりと過ごしてもらいたいと、貞子はその日の訪問を楽しみにしていた。

そのとき、突然電話が鳴った。貞子はお茶をテーブルに置き、電話の受話器を取った。

「はい、佐藤です。」

「佐藤様、こちら警察庁の○○と申します。」電話の向こうから、男性の冷静な声が響いた。貞子はその声に少し驚き、心の中で警戒を強める。「今、お客様の口座から不正にお金が引き出されていることが確認されました。至急、手続きを進める必要がありますので、今すぐにお手元の銀行通帳とカードをご用意いただけますか?」

一瞬、貞子の脳裏に疑念が浮かんだ。「警察庁?こんな電話がかかってくるなんて変だわ。」だが、すぐにその疑念を打ち消すように、男性は続けてきた。

「ご安心ください、佐藤様。基本的に警察はこういった電話をかけることはありません。しかし、今は緊急事態ですので、特別に対応させていただいています。」

その言葉に、貞子は心の中で納得しようとしていた。「確かに、警察庁から電話がかかってくることはない、ニュースでも言ってたわ。でも、こんなことが本当にあるのかしら?」迷いが生じたが、相手の言葉は続く。

「さらに、佐藤様のお口座情報については、こちらですでに確認が取れています。○○銀行、○○支店、口座番号12345678。この情報は間違いありませんか?」

その瞬間、貞子は驚愕した。自分の銀行口座番号が、まるで目の前にいるかのように言い当てられたのだ。「これは本物かもしれない…」と、心の中で呟きながらも、警戒心が完全には消えなかった。

「いや、ちょっと待って。」貞子は慎重に言葉を選んだ。「警察が電話をかけてくるわけがないとニュースでも見たわよ。それに、口座情報をどうしてそんなに知っているの?」

男性は一瞬、間をおいてから、穏やかな口調で答えた。「佐藤様、ご指摘の通り、警察が通常こういった電話をかけることはありません。しかし、現在進行中の大規模な詐欺事件の一環として、警察が特殊な手続きを行っております。ですので、どうかご安心ください。」

貞子はその返答に少しだけ安心した。「なるほど、特殊な手続きか…。それなら、やむを得ないかも。」自分にとっては重要な問題だったが、目の前の息子のことを考えると、事を急ぐ必要も感じた。

「それで、どうすればいいの?」貞子は息子を待ちながら、電話越しに尋ねた。

「今すぐにお手元のカードと通帳を用意していただき、その情報をこちらにお伝えください。すぐに口座を一時的に停止しますので。」男性の声が、優しくも焦るように響く。

その声の中に、まるで強引にでも進めようとする意志を感じ取った貞子は、心の中で再び疑念が湧き上がった。「もしかして、これは詐欺じゃないかしら?」だが、相手の冷静な態度に動揺を覚え、再び迷いが生じていった。

「でも、息子が帰ってくるから、後で確認してもいいかしら?」貞子は言葉を濁した。息子に確認を取ってから、改めて処理を行いたいという思いが強くなった。

「それは致し方ありません。」男性は、まるで貞子の考えを先回りするように答えた。「ですが、時間が経つと、貞子様の口座からさらに不正が引き出される恐れがあります。すぐに対応しなければ、もっと被害が拡大します。どうか、お急ぎください。」

その言葉に、貞子は息を呑んだ。自分の中で最後の警鐘が鳴る。「すぐにやらなきゃ…。でも、少し待ってみよう。」貞子は決意して、電話を切った。

その後、息子が帰宅すると、貞子は電話での出来事を話した。息子は即座に携帯電話を使い、銀行に問い合わせた。「母さん、それは絶対に詐欺だ。警察がこんな電話をかけることはないんだよ。」

その瞬間、貞子は冷や汗をかいた。自分が危うく詐欺に巻き込まれそうだったことを、改めて実感した。

年末年始、詐欺師たちにとっては“書き入れ時”である。貞子のように、高齢者が不安や急かされる気持ちで判断を誤ってしまうことは多い。そのため、警察は繰り返し注意を呼び掛けている。「冷静に判断し、必ず身近な人に相談してください。」
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