お金がない

春秋花壇

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疑惑の電話

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「疑惑の電話」

秋の気配が漂うある日の午後。熊本県の小さな飲食店で、店主の雅子はいつものようにランチの準備をしていた。彼女は長年地元で親しまれる店を営んでいたが、この数年で客足が減り、常連客の温かい声に支えられてなんとか営業を続けている。そんな日常に不意に響いた固定電話の音は、彼女にとってただの営業の一環に過ぎないはずだった。

「もしもし、NTTドコモです。あなたの携帯電話が使えなくなります。詳しくは番号1を押してください。」

不審に思いながらも、電話の向こうから流れる機械的なガイダンスに促され、雅子は迷いながらも「1」を押した。すると、電話の向こうから若い男の声がした。

「東京中央警察署の警察官、田中と申します。申し訳ありませんが、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

雅子は息を飲んだ。警察官から直接連絡が来ることなんて、人生で一度もなかった。

「実は、薬物事件で捕まった被疑者の共犯者として、あなたの名前が浮上しているんです。さらに、被疑者はあなたの名義で携帯を契約し、あなたに400万円が渡っていると供述しています。」

雅子は驚きとともに疑念が湧き起こった。自分は地元で静かに暮らし、犯罪に関わるようなことは一切していない。しかし、「あなたの名前が出ています」という言葉の重さが彼女を冷静でいられなくさせていた。

「いや、私は全然関係ありません。そんなお金も受け取っていません!」

声を震わせながら必死に否定する雅子に対し、電話の相手は穏やかな声で続けた。

「もちろん信じています。ただ、慎重に確認する必要がありますので、今お持ちのお金の紙幣番号と照合させていただければ、潔白を証明できます。」

雅子はますます不安になり、いつもは厳しく管理している手元のお金を、急いでかき集めた。そして、言われるがままに電話で相手に紙幣番号を読み上げた。さらに、確認のために現金そのものを預かる必要があると言われ、雅子は恐る恐る、翌日に指定された場所でその「証拠品」を渡すことにした。

次の日、秋風が冷たく吹き抜けるなか、雅子は指定された場所に現金を持って向かった。町の片隅にある公園で、彼女は言われた通りに待っていたが、指定の時間を過ぎても誰も現れなかった。しばらくしてから、不審な人物が近づいてきた。顔をマスクと帽子で隠しているその人物は、雅子を見るなり低い声で「田中です」と名乗り、素早く現金を受け取って去っていった。

不安と疑念に包まれながら帰宅した雅子は、何かがおかしいことに気づき始めた。数日が経つうちに、彼女の頭の中でその場面が何度も蘇り、次第にその出来事が詐欺ではないかという疑念が確信に変わり始めた。雅子は意を決して、地元の警察署に向かった。

「薬物事件の共犯として名前が挙がっていると、東京の警察から連絡がありまして…現金も渡してしまいました。」

そう話すと、警察署の担当者は深刻な表情で頷いた。

「それは…最近頻発している偽の警察官や検事を名乗る詐欺の手口とよく似ています。東京中央警察署に確認しましたが、そのような人物は存在しませんでした。」

現実を突きつけられた雅子は、ショックと怒りで立ち尽くしてしまった。自分が騙されたことを認めたくない気持ちと、取り戻せないお金の重みが彼女を押しつぶしていた。失ったものの大きさが、今さらのように胸に迫ってきた。

警察官は優しく、「最近、熊本でも同様の事件が多発しています。被害に遭ったのはあなただけではありません。ぜひ、今後も注意を呼びかけていただければと思います」と声をかけた。

その後、雅子は近所の友人や常連客に自らの体験を語り、同じような手口に引っかからないように警告を発するようになった。かつての平穏な日常が戻るには時間がかかりそうだったが、彼女は少しずつ心を落ち着かせることができた。そして、詐欺の恐ろしさと、騙されることが身近で起こりうる現実であることを、誰もがもっと知るべきだと痛感したのだった。

雅子は、これからも街の片隅で、周りの人々にその教訓を伝え続けていくのだろう。






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