お金がない

アポ電詐欺の闇

アポ電詐欺の闇

高橋裕也は、いくつもの仕事を転々とした末、友人からの紹介で怪しい電話オペレーターの仕事に就くことになった。「アポ電」という言葉を聞いたとき、初めは何のことかさっぱりわからなかった。しかし、説明を聞くうちにその実態が見えてきた。「アポ電」とは、高齢者を狙った詐欺の一種で、電話をかけて資産や家族構成などを探り、それを元にして実際に金品を奪い取るものだった。

「とにかく、目の前のシート通りに話せばいいんだよ」先輩の指導はあまりにも簡潔だった。高橋の目の前には、数多くの質問とシナリオが書かれた「アポ電マニュアル」が置かれていた。敬語の使い方から、話す速度、呼吸のタイミングまで細かく指示があり、それを順番通りに使えば相手の警戒心が解けるように構成されていた。

裕也は最初から罪悪感を覚えた。けれども、借金に追われ、どうにもならない状況に陥っていた彼は、「これも一時的なもの」と自分に言い聞かせ、マニュアルを手に電話をかけ始めた。

「もしもし、佐藤様でしょうか。私、区役所の年金相談センターからお電話しております。」

相手は一瞬、疑いの声を上げたものの、裕也はすかさず次の一手に出た。「先日、年金の再調整についてのご案内をお送りしておりますが、念のため確認させていただきたくて…」

マニュアル通りに、落ち着いた声で話し続けるうち、相手の警戒心が次第に薄れていくのがわかる。会話が進むたびに、裕也の心はざわついた。しかし、いつの間にか電話を切ると、次の名前と番号に進む自分がいた。

ある日、彼がかけた先の老人が、裕也に向かってこう尋ねた。「君、若いのにこんな仕事をしていて、本当にいいのかい？」

その言葉が裕也の心に深く刺さった。その瞬間、自分が何をしているのかがリアルに迫り、息が詰まるような感覚に襲われた。しかし彼はその不安を振り切るかのように、「ただの仕事だ」と自分に言い聞かせ、再び電話をかけ続けた。

そんな日々が続いたある日、裕也は自分がかけた電話で、高齢の夫婦が多額の現金を奪われたというニュースを耳にした。彼らが長年の貯金を必死で守ろうとしていたこと、その金が何者かに奪われたことで絶望している姿を想像するたび、裕也は自分の行為が取り返しのつかない結果を生んでいることを痛感した。

ある夜、裕也はどうしても眠れず、闇の中で深い後悔に包まれていた。「これはただの仕事じゃない…」自分が奪ってきたものの重さに押し潰されるような感覚だった。次の日、裕也は仕事を辞める決意を固め、部屋を出ると、まっすぐ警察署に向かった。

詐欺の一端を告発するため、裕也はアポ電マニュアルを握りしめ、警察にすべてを打ち明けることを決意した。