お金がない

崩れゆく経営

崩れゆく経営

洋一は50歳、10年前に創業した小さな建設会社を経営していた。初めは順調に軌道に乗り、業績も好調だったが、ここ数年は事業が低迷し、資金繰りも厳しくなっていた。社員は10名程度と小さな規模の会社だが、彼にとっては人生を賭けた大切な場所だった。しかし、その会社が今や崩れかけていた。

洋一の会社は、初期には地域の住宅リフォームを中心に堅実な利益を上げていたが、次第に事業拡大を狙ってより大きな案件に手を伸ばし始めた。その決断はリスクが大きく、資金調達や事業内容の変更などが必要となり、銀行からの融資も積極的に受けるようになった。だが、経営の未熟さから来る判断ミスが重なり、手を広げすぎて資金が回らなくなっていったのだ。

数年後、複数の工事が重なり、現場は忙しくなったが、洋一自身の管理能力の限界が見え始めていた。彼は現場の細かな指示にまで口を出し、自分の意見を押し通そうとしたため、部下たちが自ら考え行動する機会が減ってしまった。会社の業績が悪化し始めた頃、彼は社員に対してイライラを隠せず、指導が厳しくなる一方で、それが離職者を増やす原因になっていることに気づいていなかった。

ある日、いつものように事務所で財務の資料を見つめながら、洋一は頭を抱えていた。キャッシュフローはすでに限界で、次の融資を受けられなければ、次の給料支払いが滞る恐れがあった。さらに、複数の取引先からの支払いも遅れており、すでにリスケジュールの要請がいくつも届いている。最初は会社の成長に希望を抱いて投資を重ねたはずが、今では経営の失敗の兆しに押し潰されそうになっていた。

「もう、無理なのかもしれない…」

その日の夜、洋一は居酒屋で久しぶりに古い友人である井上と酒を酌み交わしていた。井上は別の会社で中間管理職を務める男で、経営の厳しさを知っている。洋一が現状の厳しさを打ち明けると、井上は静かに聞いてくれた。

「洋一、お前が抱え込みすぎてるんじゃないか？部下が動きにくくなってないか？」

井上の言葉に、洋一は目を伏せた。確かに、売り上げを維持するために自分で現場を細かく管理し、社員が動きやすい環境を作る余裕がなくなっていた。彼の中での「責任感」が、いつの間にか「独断」に変わり、部下に頼れなくなっていたのだ。

「…確かに、俺は経営を全て自分で背負い込んでたかもしれない」

翌日、洋一はこれまでとは違う姿勢で社員たちと向き合おうと決心した。これまでのやり方を反省し、社員に意見を求め、自分の弱さも含めて率直に現状を伝えた。そして、経営方針を共有しながら、それぞれの役割を改めて確認する場を設けることにした。

社員の一人である中堅の佐藤が言った。

「社長、もっと細かい指示ではなく、大まかな方針や目標だけ伝えてくれませんか？僕たちも考えやすいですし、責任を持って仕事を進められると思うんです」

佐藤の発言に、他の社員も次々と同意した。洋一は戸惑いつつも、彼らの要望に応えるべく自分の役割を見直した。自分が全てを背負うのではなく、社員たちが自発的に動ける環境を整えることで、信頼関係が再び築かれ始めた。

その後も経営は決して順風満帆ではなかった。資金難は続いていたが、銀行や取引先とも誠意を持って話し合い、無理のない返済計画を立て直すことができた。社員たちも協力的に動き、現場での効率改善やコスト削減案が提案され、少しずつ経営の改善が見え始めた。

しかし、数年が経っても、以前のような勢いを取り戻すことは難しかった。洋一は「自分の判断ミスが会社に多大な負担をかけてしまった」という責任を重く感じていたが、同時に社員たちとの信頼関係が再構築されたことに少なからぬ救いを感じていた。

会社は規模を縮小し、堅実な路線に戻ったが、洋一は以前よりも落ち着いた表情で、社員たちと日々を共有していた。経営者としての失敗は避けられなかったが、その失敗が彼を「独断するリーダー」から「皆で支え合うリーダー」へと変えてくれたのだった。