お金がない

人材育成という難題

人材育成という難題

光太郎は40代の営業課長として10年以上同じ会社に勤めていた。自分なりに成果を上げ、後輩の育成にも力を入れてきた。しかしここ数年、会社の成長に伴い若手社員の数も増え、マネジメントに苦労する場面が増えていた。特に最近配属された新人の大樹は、仕事に対して情熱を持ちつつも、基本的な知識やスキルが追いついておらず、毎日のように同じミスを繰り返していた。

光太郎は何度も指導してきたが、大樹は自分のやり方にこだわる性格で、指摘されても「分かりました」と答えるだけで、次の日にはまた同じミスをしてしまう。厳しく注意をしても改善は見られず、光太郎は内心苛立ちを感じるようになっていた。

ある日、大きな取引先との商談が予定されていたため、光太郎は大樹を連れていくことにした。商談の前日、準備を整えて大樹に具体的な説明を行い、必要な資料や話す内容のポイントを伝えた。これで失敗しないだろうと思っていたが、いざ商談が始まると、大樹は緊張のあまり準備した内容をほとんど忘れてしまい、相手の質問にも答えられずに沈黙してしまった。

商談を終え、会社に戻る途中の車内は気まずい沈黙に包まれた。光太郎はどう指摘すべきか悩んだが、つい感情的になり「大樹、どうしていつも同じミスを繰り返すんだ？話を聞いてるか？」と語気を強めてしまった。

大樹はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと「すみません…どうやって改善すればいいのか、分からなくて」と小さな声で答えた。その言葉を聞き、光太郎ははっとした。彼は今まで自分のやり方を押し付け、注意するだけで「どうやって改善すればいいか」という部分については、深く考えてこなかったのではないかと気づいた。

その日の夜、光太郎は一人で居酒屋に立ち寄り、悶々と考えを巡らせた。自分が新人だった頃、どんな指導が役に立っただろうか、どんなアプローチが自分を成長させてくれただろうかと思い返すと、先輩たちは単に注意するだけではなく、具体的なアドバイスや励ましを欠かさず、自分の強みを引き出してくれていたことを思い出した。

翌日、光太郎は早めに出社し、大樹に声をかけた。「大樹、昨日は感情的になって悪かった。もう一度、しっかり君の強みと弱みを整理して、一緒に改善していこう」

その後、光太郎は大樹と二人三脚で業務を進めることにした。まず、基本的な業務プロセスを再確認し、大樹の理解度を一つ一つ確認していった。また、大樹の得意分野も活かせるよう、プレゼンや資料作成を彼のペースに合わせ、丁寧に指導するよう努めた。今までは結果を急ぐあまりに基礎的な部分を省いてしまっていたが、大樹の性格や理解のスピードに合わせて進めることで、少しずつだが大樹も成長していった。

光太郎もまた、自分の指導方法を見直し、大樹が質問しやすい環境を作ることに配慮した。結果、大樹は以前よりも積極的に質問をするようになり、失敗してもそれを自分で改善しようとする意欲が見え始めた。二人の関係も次第に良好なものになり、少しずつではあるが業務のスムーズさが増していった。

数か月後、再び大きな商談が訪れた。今度は大樹も準備に時間をかけ、光太郎に相談を重ねながら、内容をしっかりと把握した上で臨んだ。商談当日、緊張は見えたものの、大樹は落ち着いて話し、相手の質問にも的確に答えることができた。商談が無事に終わると、光太郎は嬉しそうに大樹を見つめた。

「大樹、よく頑張ったな。君の成長ぶりを見て、俺も嬉しいよ」

大樹も笑顔で応え、「ありがとうございます。課長が一緒にサポートしてくれたおかげです」と頭を下げた。

光太郎は大樹の成長を目の当たりにし、自分が変わることで部下も変わるのだと改めて感じた。人材管理や育成の難しさを痛感する日々の中で、相手の個性に合わせた指導が重要であることを学んだのだった。それ以降、彼はさらに多様な視点で部下の指導に当たるようになり、チーム全体の士気も向上していった。