お金がない

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
845 / 965

影の誘い

しおりを挟む
「影の誘い」

亮太は携帯画面をじっと見つめていた。画面には「深夜、高収入、楽な引越しバイト」という、やけに簡素で軽い募集要項が載っている。最近失業して金銭的に困っていた亮太にとって、「即日払い」「短期間で稼げる」という言葉はまるで目の前にぶら下がったエサのように魅力的だった。

(ちょっとしたアルバイトだろう)

軽い気持ちでDMを送り、数時間後には返信が返ってきた。指定された匿名性の高いアプリ「シグナル」に誘導され、そこで亮太は簡単なやりとりを続けた。相手の指示に従い、運転免許証の画像を送ると、「本日稼働できるなら報酬をすぐに渡します」という返事が返ってきた。

しかし、次に送られてきた内容は、亮太の心に冷たい不安を走らせた。「夜中に荷物を取りに行って、それを指定の場所まで運んでほしい」と書かれているが、なぜか荷物の詳細については明らかにされていない。

「この荷物って、いったい何ですか?」

亮太が訊ねると、すぐには答えが返ってこなかった。その時、彼はふと、先日ニュースで見た「闇バイト」の話が頭に浮かんだ。「犯罪実行者を募集する危険なバイト」だと警察が注意を呼びかけていたことを思い出したが、頭の片隅に追いやり、「高収入の引越しバイト」との言葉に釣られてしまった。

ようやく返信が届くが、内容は曖昧だった。「ただの荷物だよ。楽な仕事だから心配しなくていい」その言葉に亮太は再び揺れ動いた。疑いの気持ちが浮かび上がりながらも、「仕事を引き受ければすぐにお金が手に入る」という思いがそれを抑えつけてしまう。

夜も更けた頃、亮太は指定された場所に車を走らせていた。しかし、到着してみると、何かがおかしいと感じた。薄暗い裏路地で、一見普通の住宅が立ち並んでいるが、どことなく不気味な静けさが漂っていた。

亮太は車を止め、車内で深呼吸をした。携帯が震え、シグナルからメッセージが届いた。「荷物を家の中から運び出して」と指示される。しかし、亮太の手は携帯を握りしめたまま動かなくなった。明確な説明がなく、ただ指示に従えというその文面に、恐怖が押し寄せてきたのだ。

その瞬間、彼は一つの選択をした。震える指でシグナルを閉じ、SNSで見かけた警察の「#9110」相談専用ダイヤルを思い出し、電話をかけた。呼び出し音が鳴り響く中、亮太は自分の決断に後悔するかもしれないと一瞬思ったが、それでも何かに背中を押されるように、そのまま待ち続けた。

「どうされましたか?」と応答の声が聞こえた瞬間、亮太は胸の奥から安堵と恐怖が混じり合った言葉を吐き出した。「闇バイトの応募に巻き込まれてしまったようなんです…」

その夜、亮太は警察署で保護され、状況を詳細に説明することとなった。すべての経緯を話し終えたとき、彼は自分がどれほど危険な境界線に立っていたかをようやく理解した。目の前の警官は彼の話を静かに聞き、最後にこう言った。

「本当に良い選択をされましたね。こうしたバイトに手を出すと、抜け出すのは難しくなるんです」

その言葉に亮太は深く頷き、自分の行動を反省した。簡単にお金を稼ぐ誘惑に負けることの危険性、そして、その裏に潜む罠。亮太は、もう二度と「楽な稼ぎ」に飛びつくことはないと誓った。

一方、亮太が背を向けたその場所では、再び別の誰かが、同じ罠に引き寄せられようとしているのだった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

始業式で大胆なパンチラを披露する同級生

サドラ
大衆娯楽
今日から高校二年生!…なのだが、「僕」の視界に新しいクラスメイト、「石田さん」の美し過ぎる太ももが入ってきて…

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...