お金がない

2人の将来のために

 「2人の将来のために」

秋の澄んだ空気が漂う昼下がり、兵庫の街を歩く翔太は、胸の奥にふと冷たい重みを感じていた。数か月前、彼のスマートフォンに一通のメッセージが届いた瞬間から始まった出来事が、すべてを変えてしまったのだ。マッチングアプリで出会った「リナ」とのやり取りは、当初は友人から始まり、やがて未来を夢見るような会話へと進展していった。

リナはどこか都会的でありながらも温かみを感じさせる人物だった。LINEでの連絡が日常となり、仕事の合間にも彼女のメッセージを確認するのが、翔太にとって癒しのひとときだった。そんなリナがある日、彼に「将来のために」と、暗号資産への投資を持ちかけてきた。

「この投資はリスクが少なくて、将来私たちが一緒に過ごすための資金としても有望だよ。翔太とずっと一緒にいたいから、できることは何でもしたいって思ってるの」

彼女の言葉には、何かを強制するものはなく、ただ温かい希望が込められているように感じられた。翔太もまた、リナのためにと心を決め、彼女が送ってくる投資情報を信じ、指定された口座に少しずつ送金を始めた。

初めのうちは数十万円から始めた投資だったが、「利益が出た」と報告を受けるたびに、翔太はさらに信じ、資金を増やしていった。そしてその合計金額は、気が付けばとてつもない額に膨れ上がっていた。リナは一度も急かすことはなく、「無理をしないで」と彼のペースに合わせる優しさを見せ続けた。翔太の心は、彼女への愛と将来の夢に満たされ、投資の正当性を疑うことはなかった。

しかし、ある日を境に、リナとの連絡が急に途絶え始めた。いつもならすぐに返ってくるメッセージが既読にもならず、電話をかけても繋がらない。嫌な予感がして、翔太は何度も何度もメッセージを送り続けたが、返事はなかった。

不安が増していく中、翔太は冷静に投資内容を確認しようとした。彼女が紹介してきた投資口座にアクセスしようとしたものの、表示されるのはエラーメッセージばかりだった。そして次第に、彼の中で全てが崩れ始めた。彼女が自分を愛していたと思い込んでいたが、それはすべて幻だったのか。家族の資産も含まれるこの大金が、簡単に消えてしまったという現実が彼を襲った。

心が砕ける思いの中、翔太は警察署の扉を開けた。事情を話すと、彼の状況を聞いていた警察官が静かに話し始めた。

「最近、こうしたSNS型のロマンス詐欺が増えています。『2人の将来のために』という言葉で心をつかみ、相手の気持ちを利用して投資を持ちかけるのが手口です」

翔太は、彼女が語っていた言葉の一つひとつが、計算された罠だったことを痛感した。夢のような未来を信じたが故に、その夢ごと粉々に砕かれ、彼の心は何もかもを失ったかのように感じられた。

警察の話を聞きながらも、翔太は彼女とのやり取りの断片を思い返していた。彼女がどこかで本当に彼を愛してくれた瞬間があったのではないか、と。しかしそれもまた、自分に都合よく捻じ曲げられた幻想でしかなかったのだと気づいた時、冷たく沈黙する秋の風が彼の背中を押すように吹き付けた。

翔太は小さく深呼吸をし、警察の言葉に耳を傾ける。そして自分を励ますかのように、「この痛みを教訓に、もう一度立ち上がろう」と静かに心に誓った。