お金がない

日給15万の影

日給15万の影

涼太はその日、街の片隅で見つけた一枚の広告に目を留めた。破れかけたビラには大きく「日給15万円以上、簡単な仕事、即日払い」と書かれていた。最近の涼太の生活はどん底だった。アルバイトを転々とし、家賃も払えず、友人や家族との関係も疎遠になっていた。働き口が見つからず、何もかもが重くのしかかっていた。

「日給15万か…」涼太はその数字に目を奪われた。夢のような話だと思いつつも、他に選択肢がない自分には、誘惑に逆らうことはできなかった。涼太は連絡先に電話をかけ、面接の詳細を聞いた。

翌日、指定された場所に行くと、薄暗いビルの一室で面接が行われていた。面接官の男は無表情で淡々と質問をし、仕事の内容についても特に詳しくは説明しなかった。ただ「危険な仕事だ」とだけ言い、報酬の15万円に何の裏もないかのように涼太に告げた。心のどこかで違和感を覚えながらも、涼太は押し黙り、その場で契約を交わしてしまった。

数日後、涼太は初めての仕事に呼び出された。指定された場所は、閑静な住宅街の一角だった。指示は簡単だった。「ここに入って、金品を奪え」と。冷たい汗が背中を流れる。これは単なる泥棒ではない、もっと危険な仕事だと彼は悟った。しかし、もう後戻りはできなかった。男たちの視線が涼太に突き刺さり、恐怖と緊張が混じり合う中、涼太は扉を開けた。

中にいた老人は驚いた表情で涼太を見つめた。その瞬間、涼太の胸に罪悪感が押し寄せた。だが、後ろには彼を見張る男たちがいる。引き返すことはできない。涼太は震える手で老人に近づき、言われた通りに金品を奪おうとした。しかし、老人が抵抗したとき、何かが切れたように力が入ってしまい、老人は倒れて動かなくなった。

その瞬間、涼太は自分が何をしてしまったのかを理解した。老人はもう二度と起き上がることはなかった。現場から逃げ出すと、男たちは涼太に封筒を渡し、無言で立ち去った。封筒の中には確かに15万円が入っていたが、重くのしかかる罪の意識はそれを超えていた。涼太の手は震え、心の中では絶望が広がっていった。

数日後、涼太は警察に逮捕された。取り調べで「日給15万以上」という見出しで応募したこと、そしてその後の出来事をすべて供述した。涼太は自分でも信じられないほど簡単に犯罪に手を染めてしまったことを後悔していたが、もう遅すぎた。

警察官は涼太の供述を聞きながら、静かに考えていた。なぜこんなにも若い命がこんな形で失われてしまうのか。彼は、涼太のような若者が犯罪に引き込まれる背景に、社会の問題があることを感じていた。彼が悪いのはもちろんだが、同時に教育や社会の支えが欠如していることも見逃せない。

学校教育で何を学んできたのか、家庭でどのように育てられてきたのか、社会でどのように扱われてきたのか。彼には涼太がただの「犯人」として片付けられる存在であることが、耐えられなかった。もし、涼太がもっと早く誰かに助けを求められていれば、このような結果にはならなかったのではないか。

教育が彼に正しい選択を教えていたなら、メンタルが正常に保たれていたなら、周囲が彼を見守っていたなら。すべてが「もしも」の話に過ぎないが、彼のような存在を救う道は必ずあるはずだ、と警察官は思った。

「どうしたら、こういう若者を救えるのか…」彼は自問し続けた。そして、涼太のような若者が犯罪の道に進む前に、何か手を打つ必要があると強く感じた。それは教育の再構築かもしれないし、社会的なセーフティネットの強化かもしれない。何にせよ、涼太のような若者を見過ごしてはいけないという思いが警察官の胸に深く刻まれた。

その後、涼太は長い裁判を経て、判決を受けることになる。彼の人生は取り返しのつかないものとなったが、この事件は社会に一つの問いを投げかけた。涼太のような若者を救うために、何が必要なのか。

その答えはまだ見つかっていないが、涼太の姿は多くの人々に、社会の底辺で苦しむ若者たちに目を向けるきっかけを与えた。