お金がない

春秋花壇

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最低賃金1500円

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最低賃金1500円

西東京の郊外にある小さなファミリーレストラン「グリーンテラス」。カウンター越しにレジを打つのは、22歳の女子大生、紗英。アルバイトを始めてから3年目になるが、最近は心の中に複雑な感情が渦巻いていた。

「最低賃金が1500円になったら、どうなるんだろうね?」

常連客の中年男性が、新聞をパラパラとめくりながら投げかけた質問に、紗英は一瞬、手を止めた。今は時給1050円。1500円になれば、生活が少しは楽になるはずだ。だが、それ以上に仕事の重さや周囲の変化を想像すると、複雑な思いがこみ上げる。

「ねえ、紗英ちゃん、そんなこと考えたことある?」

笑顔を作りながら、紗英は「もちろんありますよ」と返した。

「そうか、そうか。若い人は、今が辛い時代だっていうしな。」

その言葉に対して、紗英は心の中で複雑な反応をする。確かに、生活は楽じゃない。家賃、学費、交通費、生活費……バイトの給料はすぐに消えてしまう。それでも、最低賃金が1500円になったら一時的にはいいかもしれない。でも、それだけで何が変わるんだろう? 物価が上がる? 店は人件費が上がって、従業員を減らすかもしれない。そう考えると、楽になりそうな未来はまだ遠い気がする。

休憩時間に入った紗英は、従業員専用の狭い休憩室でスマホをいじりながら、大学のゼミ仲間とのグループチャットを見ていた。話題は、当然「最低賃金1500円」だ。友人たちの反応は二極化していた。

「めっちゃ良いじゃん!これで少しは生活に余裕できるよね!」 「いや、バイト切られるんじゃない?高すぎだし、店もそんなにお金払えないでしょ?」

それぞれの意見が入り乱れている。紗英は考え込む。「自分はどう思うのか?」と。

夕方の忙しい時間がやってきた。店内は急に慌ただしくなり、注文をとるウェイトレスたちの声が飛び交う。紗英もレジを打ちながら、次々と会計をこなしていく。

そのとき、厨房の中からバイト仲間の翔太が疲れ切った表情で顔を出した。彼も同じ大学に通う学生で、二人はよく愚痴をこぼし合っていた。

「紗英、もう限界……最低賃金が1500円になったら、バイトも増えるのかね?」

「どうだろうね。でも、もっと忙しくなりそうな気がするよ。」

翔太はため息をついた。バイトの人数が増えるかもしれないが、逆に減ることも考えられる。そうなったら、少ない人数で今以上に多くの仕事をこなさなければならない。それは想像するだけで恐ろしい。

その日、シフトが終わるころには紗英の頭は混乱していた。家に帰り、いつものように部屋のベッドに倒れ込むと、すぐにスマホを手に取った。ニュースアプリには、再び「最低賃金1500円」の文字が踊っていた。

数日後、紗英は大学の授業の帰り道、いつものファミリーレストランに寄らずに、近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。夕暮れの空がオレンジ色に染まり、少し肌寒い風が吹いていた。

「1500円になったら、何が変わるんだろう?」

ぼんやりとした思考の中で、紗英は未来を想像してみる。時給が上がっても、支出が増えれば結局変わらないかもしれない。それに、自分が本当に望んでいるのは、お金だけではない。もっと自分らしい生活、好きなことに時間を使える余裕、そして将来の希望。

今の生活は、なんとか回っている。確かに厳しいが、1500円という数字だけが全てを解決するわけではない。大切なのは、その裏にある本当の意味だと紗英は思う。生活の質、働くことの意義、そして自分自身の幸せ。それを考え始めた今、最低賃金1500円の議論が、彼女にとっての「解決策」ではなく、あくまできっかけに過ぎないことに気づき始めた。

空を見上げながら、紗英は心の中で決めた。

「これから、自分の未来は自分で決める。時給がいくらになろうと、私は私の道を選ぶ。」

最低賃金の数字に振り回されるのではなく、自分の価値観を見つけていくこと。それが、彼女にとっての「本当の意味」であり、これからの生活を支える道になるのかもしれない。

夕暮れの風が、彼女の髪をそっとなでた。









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