お金がない

春秋花壇

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自己破産

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「自己破産」

夜明け前の薄暗い部屋で、田中はデスクの上に広げられた紙の山をじっと見つめていた。通知書、督促状、支払い期限の迫った請求書――すべてが彼を取り囲んでいるように感じられ、胸が締め付けられる。

「どうしてこうなったんだ…」彼は自問した。

田中はかつて、ごく普通のサラリーマンだった。毎朝、スーツに身を包み、満員電車に揺られながら通勤し、少しの不満を抱きつつも、それが人生だと思っていた。家族には妻と小学生の息子がいた。平凡で安定した暮らし――それが彼の願いだった。

しかし、数年前から状況が一変した。最初は会社の業績不振に伴う給与カット。次に、妻の病気。治療費が想像以上にかかり、健康保険のカバーできない部分が次々と出てきた。貯金はあっという間に底をつき、田中はやむなくクレジットカードに頼り始めた。カードローンで一時的にしのぎ、次の月には少しずつ返済しようと考えていた。だが、それは甘い見通しだった。

「まだ大丈夫だ」と思っていた頃、彼はさらに数枚のカードを手に入れ、借金を重ねていった。最初は少額だった。だが、利息は徐々に膨らみ、返済額が限界を超えたのはほんの数ヶ月後だった。田中はいつしか、生活のほとんどを借金返済に費やす日々に陥っていた。

今朝も、机の上には新たな請求書が届いていた。彼はそれを見つめ、思わず頭を抱えた。膨大な借金額を前に、もはや自分ではどうすることもできないという現実が、彼を完全に押しつぶしていた。

その時、携帯電話が鳴った。画面には知らない番号が表示されている。田中は嫌な予感がして、出るのをためらったが、結局意を決して電話に出た。

「田中さんですね?こちらは○○消費者金融です。今月の返済が確認できておりません。早急に対応していただけない場合、法的措置を取らせていただきます」

冷ややかな声が耳に突き刺さる。田中はただ「はい、分かりました」と繰り返すだけだった。だが、実際にはどうすることもできない。返済どころか、明日の生活費すらまともに用意できない状況だったのだ。

電話を切ると、田中はふと天井を見上げた。この先、自分には一体どんな道が残されているのだろうか。もう何度も考えたことだった。自己破産――それが彼にとって最後の選択肢だった。

「自己破産すれば、すべてが終わるのか?」彼はそう自問しながら、スマホで検索を始めた。自己破産の手続き、必要な書類、条件、そしてその後の生活。自己破産は借金を帳消しにする手段だが、その代償も大きい。信用情報に傷がつき、今後は一切の借入れができなくなる。家族や職場にも知られる可能性がある。それでも、この状況を続けることは不可能だった。

数日後、田中は決意を固め、法律事務所の扉を開いた。担当の弁護士は、淡々と手続きについて説明してくれた。弁護士の話を聞きながら、田中は心の中で葛藤を抱いていた。自己破産すれば、今まで積み上げてきたものがすべて無に帰すような気がした。だが、この借金の重さから解放されなければ、彼は自分自身を保つことすらできないと感じていた。

「田中さん、自己破産の手続きを進めるにあたって、いくつか確認させていただきます」と弁護士が言った。

田中は目の前に広げられた書類に目をやった。「はい、お願いします」と小さく頷いた。

「まず、全ての債務のリストを提出していただく必要があります。そして、資産の有無についても確認が必要です。もし、財産がある場合は、債権者への返済に充てる形になりますが、それでも借金が残る場合、残額は免除されます。ただし、破産手続き中に新たな借金や不正が発覚すれば、免責は認められません」

田中は静かに耳を傾けながら、内心でこれまでの自分の行動を振り返っていた。浮かんでくるのは後悔ばかりだ。なぜもっと早く対策を取らなかったのか。なぜ、自分を追い込んでしまったのか。だが、今さら悔やんでも、借金が消えるわけではない。

「破産手続きを終えるまで、どのくらいかかりますか?」田中はようやく口を開いた。

「ケースによりますが、通常は数ヶ月から半年程度です。その間は債権者からの請求が一時停止されますので、少しは精神的に楽になるかと思います。ただし、その後も生活を立て直すための努力が必要です。再スタートを切るための機会だと考えてください」

再スタート――その言葉が田中の胸に重く響いた。自己破産は確かに一つの解決策かもしれないが、そこから新たに歩み始めるには、これまで以上の苦労が待っている。だが、それでも前に進むしかない。

自己破産の手続きが進む中で、田中は少しずつ変わり始めた。借金の重圧から解放されることで、彼は初めて自分の人生に向き合う余裕を得た。そして、これまで目を背けてきた家族のこと、これからの生活のことを真剣に考えるようになった。

妻には、最終的にすべてを打ち明けた。彼女は最初、驚きと怒りを露わにしたが、最終的には静かにうなずいた。「これからは一緒に頑張りましょう」と言ってくれた時、田中の目には涙が浮かんだ。

自己破産という道は、決して簡単なものではない。しかし、それは田中にとって、再び生きるための唯一の道だった。そして、彼はその道を選び、歩き出した。

人生において、何度つまずいても、立ち上がる機会はある。それがどれほど苦しいものであっても、前を向いて進むことが重要なのだ。田中はそれを、ようやく理解し始めていた。

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