お金がない

春秋花壇

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ディスレクシア

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彼女は、じっと取扱説明書を見つめていた。手のひらに収まる薄い冊子には、白地に黒い文字が整然と並んでいる。それが、彼女にとってはまるで見えない壁のように思えた。新しいルーターをセットアップしようとしていたが、どんなに努力しても説明書の内容が頭に入ってこない。これが、彼女の日常だった。

リサは長年、ディスレクシア――読み書きに困難を抱える識字障害――に苦しんでいた。文字を見ると、それはただの不規則な模様のように感じられ、時には文字が跳ね回っているように見えることさえある。学校時代からずっと、教科書や参考書は彼女にとって敵であり、友達ではなかった。大人になっても、重要な文書や取扱説明書を読むときには、その不安と苛立ちが再び蘇る。

「もう、どうしてこんなに読めないの?」リサは独り言のように呟いた。

テーブルの上には、ピカピカの新しいルーターが置かれていた。古いルーターが突然壊れたため、急いで電器店に走り、新しいものを購入した。しかし、説明書を読むことができず、設置はまだ手付かずのままだ。

「最初に電源ケーブルを…いや、これじゃないのか?」彼女は何度も説明書の一行目を読み返そうとするが、単語がバラバラに分解され、意味をなさない。理解しようとすればするほど、その文字たちは彼女の意識から逃げ去るように見えた。冷や汗がにじむ。

何度も試みたが、ルーターの設置は一向に進まない。説明書を読み解こうとするたびに、ディスレクシアが彼女の視界を覆い尽くし、文字が次々と霞んでいく。言葉が形を失い、まるで彼女に意地悪をしているかのように踊りだす。彼女の頭の中で、言葉は溶けてしまった。

「ああ、もう嫌!」リサは苛立ちを抑えきれずに声を上げた。

スマホを手に取り、何か方法はないかと検索し始める。しかし、スマホの小さな文字もまた、彼女には辛い。動画なら分かるかもしれないと思い、いくつかの動画を見たが、説明が早すぎてついていけない。

「どうして、こんな簡単なことができないんだろう…」リサは心の中で自分を責め始める。これまで何度も同じような挫折を経験してきた。銀行の手続き、役所の書類、電化製品の設定。日常生活に必要なもののほとんどが、説明書を通してしか理解できないものばかりだ。

でも、リサにはその「説明書」がいつも立ちはだかっていた。

ふと、電話が鳴った。友人のナオミだった。リサは、深いため息をつきながら電話を取った。

「どうしたの?元気ない声だね」とナオミの声が聞こえる。

「うん…新しいルーターを買ったんだけど、どうしても設置できなくて。説明書が全然読めないの。何度も見てるんだけど、頭に入ってこないんだ…」リサは素直に心の内を打ち明けた。

「それ、すぐに行くから一緒にやろうよ!」ナオミは明るく言った。

リサは少しだけ安心した。友人の助けが、彼女の孤独をいやしていく。

お金があれば、接続設定してもらえるのにな。
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