お金がない

懲役3年の実刑判決 10億円雇調金詐欺事件

懲役3年の実刑判決　10億円雇調金詐欺事件

水戸京成百貨店の元総務部長、片岡卓也は、長年勤めた会社での地位と誇りを持ちながらも、目の前に迫る厳しい現実と向き合わなければならなかった。2020年、新型感染症ウイルスの影響で、会社の売上は激減し、業績は急速に悪化していた。経営陣は、百貨店を支えるための手段を必死で模索していたが、状況は好転するどころかますます悪化の一途をたどっていた。

その頃、片岡の上司であり、長年会社を率いてきた元社長の斎藤貢が片岡を呼び出し、ある「計画」を打ち明けた。斎藤は顔をしかめながら、低い声で語りかけた。

「片岡君、このままでは会社は潰れる。従業員も、君も、皆が路頭に迷うことになる。しかし、雇用調整助成金を利用すれば、会社は生き延びられるんだ。だが、従業員全員を実際に休業させるわけにはいかない。だから、勤務データを少し調整する必要があるんだよ。」

その提案を聞いた片岡は一瞬、言葉を失った。不正に手を染めることが何を意味するのか、彼はよくわかっていた。しかし、片岡は同時に、会社と従業員の未来を背負っているというプレッシャーも感じていた。経営陣の期待に応え、家族を養うために、そして何よりもこの百貨店を守るために、斎藤の提案に従わざるを得なかった。

こうして、片岡は部下たちを巻き込み、実際には出勤していた従業員の勤務データを改ざんし、休業日数を水増しするという作業を開始した。虚偽の申請書を作成し、茨城労働局に提出。表向きは、従業員たちが休業しているかのように装い、会社は多額の雇用調整助成金を受け取ることになった。

不正が始まった当初、片岡は「これは一時的な措置だ」と自分に言い聞かせていた。会社が立ち直り、状況が改善すれば、こんなことはすぐにやめられるはずだと。しかし、そんな期待は虚しく、新型感染症禍は長引き、業績は回復の兆しを見せない。斎藤元社長は、会社の存続のためにと不正を指示し続け、片岡はその命令に従い続けた。

時が経ち、ついに2021年の秋、斎藤は社長を退任した。後任の社長は、会社の立て直しに専念する一方で、不正の匂いを嗅ぎつけた労働局からの問い合わせが増えていた。しかし、片岡は一度手を染めた不正から抜け出せず、自分自身の保身のためにデータ改ざんを続けていた。会社を守るという最初の目的はすでに消え去り、今では自身の立場と生活を守るためにだけ、その罪を重ねていた。

2022年の夏、ついに不正が発覚した。労働局の調査が進み、会社が申請した雇用調整助成金の異常な数値が明るみに出た。片岡は、その時点で全てが終わったことを悟った。逮捕され、裁判が始まると、斎藤元社長との共謀が明らかにされ、世間に大きな衝撃を与えた。

水戸地裁での裁判では、片岡は深く頭を下げ、全ての罪を認めた。判事の村山智英は、斎藤元社長からの圧力に従わざるを得なかった片岡の立場を考慮しつつも、彼が斎藤の退任後も不正を続けたことを問題視した。

「あなたは、会社のために始めた不正を、自己保身のために続けてしまった。その結果、国民の税金から多額の金をだまし取ることになったのです。社会的な影響は計り知れません。」

片岡は静かにうなずきながら、目を閉じた。自分の選んだ道が間違っていたことは、もう誰にも否定できない事実だった。

「懲役3年の実刑を言い渡します。」

その判決を聞いた瞬間、片岡の心には一抹の安堵があった。もう、これ以上嘘をつく必要も、偽りの生活を続ける必要もない。全てを終わらせ、新しい人生をやり直す機会が与えられるのだと、片岡は自分に言い聞かせた。

だが、それでも、彼が傷つけた人々や失われた信頼は、決して取り戻すことはできない。そのことを胸に刻みながら、彼は手錠をかけられ、ゆっくりと法廷を後にした。

外では、冷たい秋風が吹いていた。