お金がない

春秋花壇

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警察官や息子をかたる電話

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警察官や息子をかたる電話

利根町の静かな住宅街に住む藤田佳子は、78歳になる一人暮らしの女性だった。夫を数年前に亡くし、今は息子の健一が時折訪れてくれるのが唯一の楽しみだった。健一は東京で働くサラリーマンで、忙しい日々を送りながらも、月に一度は母の元を訪れ、二人で食事をするのが習慣となっていた。

ある日の午後、佳子の家の電話が鳴った。受話器を取ると、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「お母さん、俺だよ、健一だ。」

佳子は一瞬安心したが、その直後、息子の声は普段とは異なる、焦ったようなトーンを帯びていた。

「実は、急に大変なことになっちゃって…女性を妊娠させてしまったんだ。」

佳子の心臓がドキッと跳ねた。健一は真面目で責任感の強い息子だ。そんな話は今まで一度も聞いたことがない。佳子は動揺したが、息子の声を信じて話を続けた。

「どうしてそんなことに…?」

「ごめん、本当に申し訳ない。でも、相手の女性が弁護士を立てて、話が大きくなってしまって…慰謝料や処理費用としてお金が必要なんだ。お母さん、お願い、350万円だけ助けてくれないか。」

佳子はその言葉に困惑しながらも、息子の困難を前にして助けたい気持ちが強かった。健一を名乗るその声は、彼女の心に真実のように響いた。

「そんなにたくさんのお金、すぐには…でも、分かったわ。お母さんが何とかする。」

その後、健一の「弁護士の助手」を名乗る男からも電話がかかってきた。その男は、必要な手続きや金額の説明を詳細に行い、佳子の不安を払拭しようと親切に話した。

「問題を解決するためには、早急にお金が必要です。明日、私が直接お伺いしてお金を受け取りますので、ご用意ください。」

翌日、佳子は息子のために、銀行から350万円を引き出した。手にした現金はずっしりと重く、彼女の手の中で不安と焦りを増幅させたが、息子のためにという思いだけが彼女を動かしていた。

その日の夕方、弁護士の助手を名乗る男が佳子の家に現れた。彼はスーツ姿で、落ち着いた態度だった。佳子は安心し、その男に現金を手渡した。

「これで大丈夫ですよね?」

「はい、間違いなく処理しますので、安心してください。」

男が去り、家の中が静まり返った時、佳子は一瞬の不安を感じた。しかし、それも「健一のためだから」という思いで打ち消した。

数日後、健一から電話がかかってきた。

「お母さん、元気にしてる?この前、顔を見せに行けなくてごめんね。」

その瞬間、佳子は凍りついた。今、電話の向こうで話している健一は、あの時の声とは明らかに違う。あの焦った声の健一は一体誰だったのか。

「健一…あの、先日お金の話をしたでしょう?女性を妊娠させたって…」

健一は驚いて答えた。

「何の話?そんなこと一度も言ってないよ、お母さん。俺はそんな問題抱えてないし、もちろんお金のことなんて頼んでない。」

佳子の頭の中で、全てが繋がった。あの日、息子だと思って信じた声は、全くの別人だった。彼女は騙されていたのだ。350万円という大金を、何の疑いもなく詐欺師に手渡してしまったことが頭の中で反芻され、佳子は全身から力が抜けていくのを感じた。

佳子はすぐに警察に連絡し、詐欺の被害を届け出た。警察官は優しく対応してくれたが、現金の回収は難しいという現実的な言葉も伝えられた。彼女はその言葉に涙をこらえながら、ただ静かにうなずくしかなかった。

同じ頃、高萩市では別の女性が、警察官を名乗る男にだまされ、保釈金として大金を振り込んでしまった事件が発生していた。詐欺の手口は巧妙で、電話やメッセージを使い、相手を信じさせるための精巧なストーリーが仕組まれていた。

詐欺は電話越しに、日常に入り込む。誰もが巻き込まれる可能性がある。警察は、このような手口に警戒を呼びかけ、電話でお金の話が出たらすぐに家族や警察に相談するよう注意喚起している。

佳子はその日以来、息子や友人たちに電話での詐欺について何度も話すようになった。自分が被害者になったことで、他の人々が同じ目に遭わないようにと願う日々が続いている。そして、毎日少しずつ、失った350万円よりも大切なものを守ることの重要性を、彼女は痛感している。








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