お金がない

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
777 / 1,128

いただき女子になってみた

しおりを挟む
「いただき女子になってみた」

秋の風が肌寒くなってきた頃、私は「いただき女子」という新しい道に踏み出した。きっかけは、親友の美香が何気なく言った一言だった。

「ねえ、千尋。最近、いただき女子って流行ってるの知ってる? ご飯とかプレゼントとか、いろんなものをもらうだけで済むんだよ。しかも、相手は喜んでるんだって!」

美香の話は衝撃的だったが、同時にどこか魅力的にも聞こえた。私は特別贅沢な生活を望んでいたわけではないが、少しでも楽をしながら恋愛を楽しめるなら試してみてもいいかもしれない。美香の勧めもあって、私はその日から「いただき女子」としての新しい生活を始めることに決めた。

まずは、マッチングアプリでのプロフィールを少し工夫してみた。「楽しい時間を一緒に過ごしたいです」「美味しいご飯が好きです」と、ほんのり甘えた雰囲気を漂わせる。そして、思ったより早く何人かの男性からメッセージが届いた。

その中でも、特に印象的だったのは隆二という男性だった。彼は30代後半の会社員で、紳士的で会話も上手だった。初デートの提案は、六本木の高級フレンチレストラン。少し緊張しながらも、私は「いただき女子」としての第一歩を踏み出した。

当日、ドレスアップした私を見て、隆二は満面の笑みを浮かべた。「すごく素敵だね」と言われ、私もつい笑顔を返してしまう。食事が始まると、彼は私の好みや趣味について丁寧に聞いてくれた。もちろん、彼が頼んだワインやコース料理も最高だった。

しかし、食事が進むにつれて、私はあることに気づき始めた。隆二は私に与えることに満足しているかのように見えたが、その裏には彼の寂しさや孤独が垣間見える瞬間があった。彼が少しだけ話した「仕事で疲れることも多い」という言葉に、私の心が少し揺れた。

「いただき女子」としては、深く関わらないのが鉄則だ。それは知っていた。でも、隆二の優しさと寂しさが心に響いてしまったのだ。私は笑顔でその場を過ごしつつも、内心では葛藤が生まれ始めていた。

数回目のデートの後、隆二からプレゼントをもらった。シンプルだが上品なデザインのネックレスだった。それを見た瞬間、私の胸は一気に苦しくなった。

「千尋、これ、君に似合うと思って選んだんだ。受け取ってくれるかな?」

彼の瞳は真剣で、私はただ「ありがとう」と言うことしかできなかった。その晩、家に帰ってネックレスを手に取りながら、私は自分がしていることが本当に正しいのか疑問に思い始めた。

隆二は私にとって、ただの「もらうだけの相手」ではなくなっていた。彼の気持ちが少しずつ重くなっていくのが感じられ、それに応えられない自分が嫌になっていた。美香に相談してみても、「ただもらえばいいんだって」と軽く流されるばかりだ。

それから数日後、隆二とのデートの約束をしていた日、私は思い切って彼に本当の気持ちを伝えることに決めた。

待ち合わせ場所に着くと、隆二はいつものように優しい笑顔で迎えてくれた。けれど、その笑顔を見ると、逆に胸が痛んだ。「隆二さん、今日は…お話があります。」

カフェのテラス席に座り、私は深く息を吸って話し始めた。「私は、これまであなたにいろいろなものをいただいて、本当に感謝しています。でも、正直に言うと、私はあなたにそれほどの気持ちを持っているわけではないんです。それなのに、いただくだけの関係を続けてしまって、本当に申し訳ないと思っています。」

隆二は少し驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。「千尋さん、そのことはなんとなく気づいていたよ。でも、僕は君と過ごす時間が好きだから、それでいいと思っていたんだ。君に無理をさせていたなら、謝るよ。」

その言葉を聞いて、私は涙がこぼれそうになった。自分が軽い気持ちで始めた「いただき女子」の遊びが、隆二のような優しい人の心を傷つけていたかもしれないと思うと、いたたまれなくなった。

「隆二さん、本当にごめんなさい。でも、あなたにはもっとふさわしい人がいるはずです。私がいただくだけの関係では、あなたの気持ちに応えられないと思います。」

隆二は静かに頷き、「君の気持ちが聞けて良かったよ。ありがとう、千尋さん」と言ってくれた。その言葉に、私は少しだけ救われた気がした。

その後、私たちは静かに別れを告げた。私は「いただき女子」を辞める決意をし、もっと誠実な恋愛をしようと思った。誰かから何かをもらうことではなく、心から大切に思える人と、対等な関係を築くことが本当の幸せだと、ようやく気づいたのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アマチュア小説作家

すずりはさくらの本棚
現代文学
 好きな事をして、食べて行けるほど、日本国家といえども、あまくは無かった。私の場合は、昔の知恵と勇気などを手土産にして、新しい事を挑戦し続けている。だから時々、甘えたくなるし、もっと楽に生きられないものかと思えてしまうのだが、そんなレールは準備されてはいなかった。どこまでのびているのか分からないレールの上を歩かねばならない。学業がほんと嫌いでね……。それでも自由を追い求められたのは、先人の知恵のおかげだろうか。求められているタスクと本音が逆だったりすると、萎えるよね。もうやってらんねえとなる。今ならば、昔の戻りたいとはとても思えなくなってしまった。今に到る苦労を理解したからであろうか。それでも、脳の理解度を超えて、楽をしたいと望むのは人間のさがか。新しい事とは、震えるほど楽しいが、儲けが出せずに止めて来た職業のほとんどが、何かを生み出す力である。もともとあるものを変化させることも嫌いであり、変化の連鎖に耐えられないでいる。アマチュア作家とは、わたしの中では、もやしのような存在と位置づけているが、最近では、積み重ねが上手く出来る人のみが、勝ち取るように世の中が動いているような気がする。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

勘違い令嬢の心の声

にのまえ
恋愛
僕の婚約者 シンシアの心の声が聞こえた。 シア、それは君の勘違いだ。

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

処理中です...