お金がない

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
769 / 1,001

定年4.0の挑戦

しおりを挟む
「定年4.0の挑戦」

62歳の山田隆一は、定年退職を迎えたばかりだった。彼は「定年1.0」の時代を知る世代で、昔は定年後にのんびりと第二の人生を楽しむことが当たり前だと信じていた。しかし、今はそんな甘い考えでは生きていけないことを身をもって感じていた。

彼の若い頃、父親の世代は60歳で定年を迎え、年金と退職金で余裕のある生活を送っていた。父は趣味に没頭し、悠々自適の老後を過ごしていたが、時代は大きく変わった。物価は上がり、年金制度の持続性に対する不安が高まり、もはや「定年後の余生」は保証されていない。隆一は「定年2.0」の現実に直面していた。年金だけでは不十分で、退職後も仕事を続けなければならないという時代だ。

定年退職後の隆一も、再雇用制度で会社に残ることはできたが、収入は大幅に減り、これまでの生活を維持するのは難しかった。妻の美智子と二人の生活費、家のローン、さらには健康の維持にもお金がかかる。家計を計算してみると、余裕がほとんどない現実に直面し、「定年3.0」の時代が来たことを強く実感した。

「お金」「健康」「孤独」――隆一はこれらの問題が、これからの人生で大きな課題となることを理解していた。健康診断で高血圧や糖尿病のリスクを指摘された彼は、食生活を改善し、運動を習慣にしようと努力していたが、何よりもお金の問題が心に重くのしかかっていた。再雇用では賄いきれない生活費をどうするか、妻との生活を守るために新しい仕事を探さなければならないと考えていた。

しかし、どこへ行っても年齢の壁が立ちはだかる。隆一は65歳を迎えるとさらに仕事を見つけるのが困難になることを感じ始めていた。求人の多くは若年層向けで、年齢を理由に断られることが多かった。時折、「定年後に何をしているのか」と同世代の友人に尋ねられることがあったが、みな同じような不安を抱えていた。

そんな時、隆一は新聞で「リスキリング」という言葉を目にした。それは、新たなスキルを習得して再び職場での価値を高めるという考え方だ。「定年4.0」という時代の到来を感じた隆一は、すぐにインターネットでリスキリングについて調べ始めた。すると、シニア向けのオンライン学習プログラムや、未経験でも挑戦できる新しい職種についての情報が次々と見つかった。

「今の雇用に頼らないで、自分で人生とキャリアを切り開く…」

隆一は一瞬、自分にそれができるのか不安になった。だが、思い返せばこれまでの人生でも新しい挑戦はあった。若い頃に初めて営業職に就いた時も、まったくの未経験からのスタートだった。やるしかない、そう自分を奮い立たせた隆一は、妻の美智子に相談することにした。

「美智子、リスキリングって知ってるか?今からでも、新しいスキルを学んで仕事を見つけられるんだ。」

美智子は驚いた様子で言った。

「新しいスキル?そんなこと、今からできるの?」

「俺もそう思ってたんだ。でも、やらなきゃこの先どうなるか分からない。年金だけじゃ生活できないし、再雇用もいつまで続けられるか…俺たちの生活を守るために、挑戦してみる価値はあると思う。」

美智子は少し考えた後、静かに頷いた。

「もし、あなたが本気でそう思ってるなら、応援するわ。でも、無理はしないでね。健康だけは大事にして。」

その言葉に背中を押された隆一は、リスキリングのオンライン講座に登録した。選んだのは、ITの基礎知識を学べるコースだ。全くの未経験だったが、講師は丁寧に教えてくれ、何度も復習ができる環境が整っていた。自分のペースで学び進めることができたため、少しずつ自信を取り戻し始めた。

そして半年後、隆一はITサポートの仕事を見つけた。オンラインでのリモートワークが可能なため、通勤も不要で、体力的にも無理なく続けられる。初めての業界だったが、新しい知識を活かして仕事に取り組む日々が続いていた。

「これが定年4.0の時代なんだな…」

隆一はふと、そう感じた。自分の人生はもう一度、動き出していた。






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...