お金がない

春秋花壇

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定年4.0の挑戦

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「定年4.0の挑戦」

62歳の山田隆一は、定年退職を迎えたばかりだった。彼は「定年1.0」の時代を知る世代で、昔は定年後にのんびりと第二の人生を楽しむことが当たり前だと信じていた。しかし、今はそんな甘い考えでは生きていけないことを身をもって感じていた。

彼の若い頃、父親の世代は60歳で定年を迎え、年金と退職金で余裕のある生活を送っていた。父は趣味に没頭し、悠々自適の老後を過ごしていたが、時代は大きく変わった。物価は上がり、年金制度の持続性に対する不安が高まり、もはや「定年後の余生」は保証されていない。隆一は「定年2.0」の現実に直面していた。年金だけでは不十分で、退職後も仕事を続けなければならないという時代だ。

定年退職後の隆一も、再雇用制度で会社に残ることはできたが、収入は大幅に減り、これまでの生活を維持するのは難しかった。妻の美智子と二人の生活費、家のローン、さらには健康の維持にもお金がかかる。家計を計算してみると、余裕がほとんどない現実に直面し、「定年3.0」の時代が来たことを強く実感した。

「お金」「健康」「孤独」――隆一はこれらの問題が、これからの人生で大きな課題となることを理解していた。健康診断で高血圧や糖尿病のリスクを指摘された彼は、食生活を改善し、運動を習慣にしようと努力していたが、何よりもお金の問題が心に重くのしかかっていた。再雇用では賄いきれない生活費をどうするか、妻との生活を守るために新しい仕事を探さなければならないと考えていた。

しかし、どこへ行っても年齢の壁が立ちはだかる。隆一は65歳を迎えるとさらに仕事を見つけるのが困難になることを感じ始めていた。求人の多くは若年層向けで、年齢を理由に断られることが多かった。時折、「定年後に何をしているのか」と同世代の友人に尋ねられることがあったが、みな同じような不安を抱えていた。

そんな時、隆一は新聞で「リスキリング」という言葉を目にした。それは、新たなスキルを習得して再び職場での価値を高めるという考え方だ。「定年4.0」という時代の到来を感じた隆一は、すぐにインターネットでリスキリングについて調べ始めた。すると、シニア向けのオンライン学習プログラムや、未経験でも挑戦できる新しい職種についての情報が次々と見つかった。

「今の雇用に頼らないで、自分で人生とキャリアを切り開く…」

隆一は一瞬、自分にそれができるのか不安になった。だが、思い返せばこれまでの人生でも新しい挑戦はあった。若い頃に初めて営業職に就いた時も、まったくの未経験からのスタートだった。やるしかない、そう自分を奮い立たせた隆一は、妻の美智子に相談することにした。

「美智子、リスキリングって知ってるか?今からでも、新しいスキルを学んで仕事を見つけられるんだ。」

美智子は驚いた様子で言った。

「新しいスキル?そんなこと、今からできるの?」

「俺もそう思ってたんだ。でも、やらなきゃこの先どうなるか分からない。年金だけじゃ生活できないし、再雇用もいつまで続けられるか…俺たちの生活を守るために、挑戦してみる価値はあると思う。」

美智子は少し考えた後、静かに頷いた。

「もし、あなたが本気でそう思ってるなら、応援するわ。でも、無理はしないでね。健康だけは大事にして。」

その言葉に背中を押された隆一は、リスキリングのオンライン講座に登録した。選んだのは、ITの基礎知識を学べるコースだ。全くの未経験だったが、講師は丁寧に教えてくれ、何度も復習ができる環境が整っていた。自分のペースで学び進めることができたため、少しずつ自信を取り戻し始めた。

そして半年後、隆一はITサポートの仕事を見つけた。オンラインでのリモートワークが可能なため、通勤も不要で、体力的にも無理なく続けられる。初めての業界だったが、新しい知識を活かして仕事に取り組む日々が続いていた。

「これが定年4.0の時代なんだな…」

隆一はふと、そう感じた。自分の人生はもう一度、動き出していた。






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