お金がない

泥だらけの誇り

泥だらけの誇り

智也は駅前の公園のベンチに座っていた。夕方の風が冷たく感じるこの季節、薄汚れたジャケットを羽織っても寒さは避けられなかった。彼の足元には、擦り切れたスニーカー。持っているものはほとんどないが、今一番無いものは「お金」だった。

かつては、智也も普通の生活を送っていた。コンビニのアルバイトをして、家賃を払い、最低限の食事をしていた。しかし、1か月前にそのアルバイト先が閉店。次の仕事が見つからず、家賃も滞納し、ついには部屋を追い出されてしまった。今の彼にとって、寝床はこの公園だった。

「何でこんなことになったんだろう…」

小さなため息を漏らしながら、智也はポケットの中の数枚の小銭を指先で確認した。300円。たったそれだけしか残っていない。今夜の夕食はカップ麺か、それともパン一個で済ますか。選択肢はほとんどない。

ふと、彼の目に入ったのは公園で遊んでいる子どもたちだった。楽しそうに笑いながら、ボールを追いかけている。その無邪気な笑顔に、智也の心は少しだけ温まると同時に、痛みも感じた。彼もかつては、そんな笑顔を見せる子どもだった。

智也が子どものころ、母親はシングルマザーとして必死に彼を育ててくれた。働きづめで、帰りが遅い母を待ちながら、寂しさを感じることも多かったが、それでも彼は感謝していた。母はいつも、笑顔を絶やさず、家計の苦しさを感じさせないようにしてくれていた。

「お金なんかなくても、智也がいるから私は幸せだよ」

母のその言葉を、智也は忘れたことがなかった。しかし、母は彼が高校を卒業する前に病気で倒れ、彼一人残してこの世を去った。智也はその時から、自分の道を必死に歩んでいたつもりだったが、どうしてもうまくいかない日々が続いた。

夕暮れが迫り、街灯が少しずつ灯り始める。智也は立ち上がり、近くのスーパーへ向かった。小銭で何とかお腹を満たすために、少しでも安い食べ物を探すためだ。店内に入ると、割引シールの貼られた商品が並んでいるコーナーへと足を向けた。

「またこれか…」

30円引きのパンを手に取り、レジに並ぶ。ふと後ろを見ると、年配の女性が少し大きなカゴを持ち、ゆっくりと列に並んでいた。彼女はどこか疲れた表情をしていて、智也はつい声をかけたくなった。

「すみません、お先にどうぞ」と彼が言うと、女性は微笑みながら、少し首を横に振った。

「ありがとう、でもあなたのほうが急いでいるんじゃないかしら？」

智也はその言葉に驚き、少しの沈黙の後にうなずいた。自分のために他人を気遣う余裕なんて、今の自分にはないと思っていた。しかし、この女性のささやかな思いやりが、彼の胸に響いた。

外に出て、薄暗い道を歩いていると、突然ポケットの中でスマートフォンが震えた。数少ない連絡先の一つ、旧友の拓也からだった。彼とは中学からの友人で、最近は疎遠になっていた。

「お前、今どこだよ？」

電話越しに聞こえる彼の声は、何か焦っているようだった。

「駅前の公園にいるよ。どうした？」

「すぐに会えないか？話したいことがあるんだ。」

その言葉に、智也は驚きつつも、何かの期待感が心に広がった。公園に戻ると、すぐに拓也が駆け寄ってきた。彼は息を切らしながら、智也の肩を掴んだ。

「お前、困ってるんだろ？話は聞いてた。俺、仕事見つけたんだよ。いい条件だし、お前も一緒にやらないか？」

智也は一瞬、言葉が出なかった。助けの手が差し伸べられることなんて、全く期待していなかったからだ。泣きたくなるような気持ちを抑えながら、彼は静かに頷いた。

次の日から、智也は拓也の紹介で工事現場のアルバイトを始めた。体力は使うが、正直な労働は心地よかった。そして、少しずつだが生活は好転し始めた。

月日が経ち、ようやく自分の足で立てるようになったある日、智也は母の墓前に立った。手を合わせ、彼は心の中で感謝の言葉をつぶやいた。

「母さん、俺、まだ完全じゃないけど、少しずつ前に進んでるよ。お金はなくても、俺、負けないから」

その瞬間、涙がぽろぽろと溢れ、止まらなかった。しかし、その涙はもう後悔の涙ではなく、これからの未来に向かう希望の涙だった。