お金がない

哀れなニコチン依存症者の一日

「哀れなニコチン依存症者の一日」

雨がしとしとと降り続く、薄暗い街角。俺はその一角で立ち尽くしていた。手元には小銭が数枚しかない。財布の中には、今月の生活費が数百円しか残っていない。タバコが吸いたい。いや、吸わなきゃやってられない。俺の頭の中は、ニコチンの渇望でいっぱいだった。

「頼む、タバコを買ってくれ……」

心の中でそう叫びながら、目の前のコンビニを見つめる。ガラスの扉の向こうでは、無邪気にお菓子を選んでいる子供たちや、仕事帰りのサラリーマンが悠然と買い物をしている。そんな日常が俺には遠く感じられた。もう何ヶ月も、まともに働いていない。今の俺にとって、タバコを手に入れることが唯一の救いだった。

ここ数日、SNSで知り合った数人から小金を借りたが、それも尽きてしまった。どうやって返すかなんて考えたくもない。彼らはもう俺を相手にしていない。タバコを吸って一時的にでも気を紛らわせたかった。

少しの勇気を出して、俺は店の中に入る。香ばしいパンの匂いと甘いお菓子の香りが混ざり合い、空腹感を一層刺激してくる。レジの前には、学生たちが楽しそうに笑いながらお菓子を選んでいる。その様子を見ていると、思わず嫉妬の感情が湧いてくる。あんな無邪気な日々が、俺にはもう遠い昔のことだ。

レジの後ろには、見慣れた店員がいる。彼女はいつも愛想がよく、俺がタバコを買うときにも微笑んでくれる。しかし、今日はその笑顔が俺をさらに苦しめる。彼女はきっと、俺がどういう人間か理解しているだろう。常連客が金がないのにタバコを買いに来る姿を、どう思っているのか。

「いらっしゃいませ。」

彼女の声が耳に入る。俺は一瞬たじろいだ。何も言えずに、ただタバコの棚を見つめる。何本か吸ってみたいやつがあるが、選ぶ余裕もない。お金がないのだ。恥ずかしさと罪悪感が交錯する中で、無言で立ち尽くしてしまった。

「タバコはどうされますか？」

彼女の優しい声に、俺はようやく我に返る。思わず言葉が漏れた。「すみません、今日は……」

「いえ、今日はやめておきます。」

その場を後にすることに決めた。小銭しかない自分が情けなくて、店を出ると同時に、今まで感じたことのない後悔が胸に広がる。タバコも、金も、自分の生活も、すべてが崩れていく感覚だった。

外に出ると、冷たい雨が俺の顔を打った。体が震える。手の中には、無一文の虚無感だけが残る。ニコチンが切れた体は、さらに苦しさを増していく。吸いたい。吸いたい。頭の中でその言葉がぐるぐる回る。

「ああ、お金がない。」

呟いたその声は、自分自身に対する呪詛のように響く。どれだけ吸っても、満たされない気持ち。俺は何を求めているのか、もはやわからなかった。タバコを手に入れられないこの苦しみは、禁断症状だけではない。自分自身を責める気持ち、無力感、そして何よりも、未来が見えないことに対する恐れだ。

雨に打たれながら、ただ彷徨うしかなかった。どこにも行く場所がない。ただ、タバコを吸いたい一心で、次の方法を探し続ける。周囲の喧騒や日常とは無縁の世界に、自分だけが取り残されたような孤独感が増していく。

立ち尽くしたまま、俺はふと、街灯の明かりに目を向けた。その光がどこか温かく感じられる。もしかしたら、この明かりの下で、何かが始まるかもしれないと、一瞬だけ希望を抱いた。しかし、すぐにその思いも消えていく。結局、俺が求めているのは、ただタバコだけだった。

「哀れなニコチン依存症者だな……」

自嘲的に笑いながら、再び歩き出す。冷たい雨の中で、俺はただ一歩を踏み出した。明日も、また同じことを繰り返すのだろう。どこかでタバコを手に入れ、また少しだけ心を満たすために。だが、その満たし方が本当に正しいのか、今はわからない。ただ、ニコチンの切れた状態でいることが、俺にとってどれほど辛いかを知っているだけだった。