お金がない

春秋花壇

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震える舌と空虚な財布

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「震える舌と空虚な財布」

俺の舌が微かに震えている。こいつはいつもだ。あの白い煙が切れた瞬間から、体中を苛むような焦燥感が押し寄せる。ニコチンが切れた。これが禁断症状ってやつだ。目の前がぼんやりとして、頭の中にはただ一つの考えしかない。「吸いたい」。けれど、もう金がない。ここ数日、財布の中身はほぼ空っぽで、家賃の支払いすら危うい状況だった。

俺は溜め息をつきながら、薄汚れた携帯を手に取る。この携帯が、俺にとっては唯一の逃げ道だ。今やっているのは、もはや「仕事」と呼べるかどうかも怪しいが、それでも俺には必要だった。SNSで知り合った男と、今日も取引がある。

彼は俺に「口座を売ってくれ」と言ってきた。俺は詳しい事情なんて聞かなかった。お互い、無駄なことを話す必要はない。彼が何者かなんてどうでもいいし、俺が何者かも関係ない。ただ、金をくれる相手だ。俺にはそれで十分だった。

銀行に行き、新しい口座を開設する。口座を作る手順なんて、今じゃ慣れたものだ。どこかで悪いことに使われるのはわかっている。だが、そんなことは知ったこっちゃねぇ。俺にとって大事なのは、あいつがちゃんと金を振り込んでくれるかどうか、それだけだ。

口座を作り終えたら、いつものようにスマホのメッセージアプリを開く。男に口座番号を送り、しばらくすると「了解。ありがとう」という簡単な返信が届く。そして、そのすぐ後に通知音が鳴った。振り込まれた金額を確認すると、わずか1万円。期待していた額には到底及ばないが、それでも俺にとっては大金だ。この金で、しばらくはしのげる。

俺はすぐにコンビニへ向かった。財布に新しく入った1万円札を取り出し、タバコを一箱買う。袋に入れられたそれを手に持ちながら、店を出ると同時に封を切った。慣れた手つきで一本取り出し、ライターで火をつける。煙がゆっくりと肺に入っていく感覚に、体中が喜んでいるようだ。舌の震えも、いつの間にか消えていた。やっぱり、これだ。これがなければ生きていけない。

俺はしばらく道端に立ち尽くして、静かに煙を吸い込み、吐き出す。その瞬間だけは、すべてがどうでもよくなる。金のこと、将来のこと、そして俺自身のことさえも。タバコの火が消えるまでの間、俺はただ無心で立ち続ける。それが、俺の唯一の安らぎだった。

だが、そんな瞬間も長くは続かない。煙草が一本終わると、再び現実が押し寄せてくる。財布の中に残る金額を確認するたびに、俺の胸には重たい鉛のような感覚が広がる。こんな生活を続けていけるわけがないのはわかっている。それでも、俺はこの道しか知らなかった。

その晩、アパートに戻り、薄暗い部屋の中で寝転んだ。天井を見上げても、何も感じない。ただ、頭の中では次にどうやって金を作るか、そのことばかりが渦巻いていた。SNSでまた誰かと取引をするか、それとも別の手を探すか。どれもリスクがあるが、そんなことを考えている余裕もない。

ふと、また舌が震え始めた。ニコチンが切れた合図だ。手元には残りの煙草が数本あるが、これがなくなったらまた同じことを繰り返すだけだ。金が尽きれば、俺は何も残らない。

「もう、終わりかもしれないな……」

そんな言葉が口をついて出た。誰に言うでもなく、ただ自分に言い聞かせるように。タバコの煙が消えていく中、俺の心にもまた、虚無が広がっていった。








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