お金がない

ラーメンの哲学

ラーメンの哲学

佐藤美紀は、スーパーの袋を片手に玄関へと戻ってきた。5個入りの袋ラーメンが3パック。これでしばらくは食事に困らないだろうと、そう自分に言い聞かせていた。お金がない時に、安いラーメンは救世主のようなものだった。だが、ふと台所に立ち、ラーメンの袋を見つめた瞬間、美紀の心に一抹の疑念が芽生えた。

「毎日ラーメンなんて、さすがにしんどいな…」

ラーメンの袋を持つ手が一瞬止まる。そう思ってしまうのは、贅沢なのだろうか？目の前にあるのは、たった数百円で買える5個入りの袋ラーメン。お湯を沸かして、麺を入れ、スープを溶かして、数分で食事が完成する。栄養のことなんて考える余裕もなく、ただ空腹を満たすことだけが目的だ。しかし、美紀は少し後ろめたさを感じていた。

彼女は月の家計を考え、家賃や光熱費、その他の支払いをどうにかやりくりする日々だった。パートの給料はわずかで、思うように余裕はなかった。毎日、財布の中身とにらめっこしながら、スーパーでの買い物を工夫し、安い食材を探していた。そんな中で、ラーメンがあることは確かにありがたいことだった。

しかし、頭の片隅にはいつも「このままでいいのか」という疑念があった。栄養バランスを考えると、ラーメンばかりでは体に悪いのは明白だ。それでも、安くて簡単に作れるラーメンは、美紀にとって現実的な選択肢の一つだった。

「もう少し工夫すれば、これでもうまく食べられるかな…」

美紀はため息をつきながら、冷蔵庫を開けてみる。そこには少しだけ残った野菜、卵、そしてわずかな肉が入っていた。せめてこれらを加えれば、少しは栄養も取れるし、味も変わるだろう。ラーメンを使って炒め物にしたり、スープにしてアレンジすることだってできる。そう考えると、少しだけ気が楽になった。

「よし、明日は野菜を多めにしてみよう」

そう自分に言い聞かせながら、美紀は台所に立ち、今日の夕食の支度を始めた。ささやかな努力でも、少し工夫を凝らすことで毎日の食事が変わるのだと思うと、少し前向きな気持ちになった。お金がないことは変わらないが、それでも自分なりに何かできることがある。毎日ラーメンだとしても、ほんの少しの工夫で違いが生まれるはずだ。

それでも心のどこかで、美紀は自分が贅沢をしているのではないかという罪悪感を抱いていた。お金がない時に贅沢を言ってはいけない、と幼い頃から教えられてきた。だが、美紀は同時に、自分や家族の健康を守ることが大切だと知っていた。食べるものがあるだけで感謝しなければならないと分かっていながらも、栄養面を考えた時の不安は消えない。

「これで十分だって思わないとダメだよね」

美紀は自分自身に言い聞かせるように、食卓にラーメンの器を置いた。ラーメンの上には少しだけ茹でたキャベツと、半熟卵がのっている。ほんの少しの工夫で、見た目も変わり、気持ちも少し明るくなった。

夕食の時間が近づき、夫の健太が仕事から帰ってきた。彼もまた、最近の家計に頭を悩ませていたが、今日のラーメンには文句を言うことなく、感謝の言葉を口にした。

「これ、おいしそうだね。いつもありがとう。」

その言葉に美紀はほっとした。毎日ラーメンだとしんどいと思っていた自分の気持ちが、少しずつ解けていくようだった。大切なのは、お互いを支え合い、工夫しながら前向きに生きていくこと。それが贅沢だと感じる必要はないのだと、美紀は思い直した。

次の日も、その次の日も、美紀は少しずつラーメンをアレンジし続けた。たとえお金がなくても、自分なりに工夫することで食事に彩りを加えることができると気付いたからだ。そして、それが家族の笑顔を守る力になるのだと信じていた。

「お金がないからといって、気持ちまで貧しくなっちゃダメだよね」

美紀は小さな鍋の湯が沸騰する音を聞きながら、自分の心の中に灯った小さな希望を抱いて、また新しい一日を始めた。