お金がない

春秋花壇

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令和の米騒動

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「令和の米騒動」

東京のスーパーに入ると、あちこちでお米の棚が空っぽになっていた。「米がない」。それが、この店に入ったとき最初に目に飛び込んできた光景だった。彩子は立ち尽くしながら、頭の中で様々なニュースや情報が交錯していた。どこかで見たようなこの状況。かつて教科書で学んだ、昭和時代の「米騒動」を彷彿とさせるような混乱だった。

「本当に米が足りなくなってるのか?」彩子は思わず自問自答した。先日、テレビのニュースでも「米不足」と取り上げられていたし、スーパーのレジでも「次回の入荷は未定」と張り紙がされていた。しかし、彼女の家の近所のスーパーでは、まったくそんなことはなく、いつも通りにお米は買えていた。

「どうしてこうなったのだろう?」

その原因を探ろうとした彩子は、まず自分の周囲にいる人々の話を思い出す。近所の主婦仲間や、遠く四国に住む親戚までが「お米がない」と口々に話していた。しかし、自分の家庭は何の影響も受けていなかった。そこで彩子は、一つの仮説に思い至った。

「これは本当に米不足なのか? それとも、人々の不安が招いたから騒ぎなのか?」

そう思った彩子は、家に戻るとすぐにインターネットで調べ始めた。今年の米作況指数は「平年並み」と言われている。統計的には、米が足りなくなることは考えにくい。政府も「米は足りている、新米の時期に向けて問題はない」と繰り返し強調している。しかし、米が店頭にないという状況は確かに目の前に存在している。

さらに調べていくと、最近のニュースでよく聞く「インバウンド消費」も関係しているかもしれないと知った。外国からの観光客が急増しており、観光客たちが日本の食文化に魅了されて米を大量に消費しているという説が浮上していた。だが、これは一見して大した問題ではないようだった。外国人観光客が増えても、全体の消費量の0.5%に過ぎず、米が不足するほどの影響はない。

「じゃあ、なぜ米がないの?」

彩子は次の結論にたどり着いた。それは「不安心理」だ。テレビやインターネット、SNSで広まる「米がなくなる」という情報が、消費者の心に恐怖を植え付けていた。さらに、今年の猛暑と異常気象による「米の出来が悪い」というニュースも重なり、多くの人が「今のうちに買い溜めしておかなければ」という焦りを感じたのだろう。

彩子は、その光景を思い浮かべた。数日前、テレビに映った主婦が「米が入荷してもすぐに売り切れてしまう。私みたいに働いている人は、朝早くから並べないから、結局買えないんです」と語っていた。お米がないからと、代わりにうどんやパンを買う姿も映し出されていた。

「なるほどね…」

結局、米が足りないという現象は現実的な問題というより、人々の心理が招いたから騒ぎだったのかもしれない。政府や専門家たちは冷静に「問題はない」と言っているが、消費者は一度不安に駆られると、それが根深い恐怖に変わり、行動を制御できなくなるものだ。何か不足が生じると感じれば、まず買い溜めし、そしてそれがまた他の人々に影響を与えていく。そうやって、米が足りているはずの市場に、実際の「米不足」のような現象が広がっていったのだろう。

彩子はパソコンを閉じて、しばし考えた。米の棚が空っぽのスーパーの光景をもう一度思い返す。そしてふと、自分の周りの人たちが「備蓄しなければ」と焦っていたことに納得がいった。

「そういうことか。みんな不安になりすぎて、必要以上に買い溜めしているのかもしれない…」

彼女は近所のスーパーに再び足を運んでみた。すると、さっきまで空だったお米の棚には、少しずつ新しい米が並び始めていた。早朝の入荷に合わせて、少しずつ人々の不安も薄れ始めているのかもしれない。

それでも、心のどこかで「何かが足りなくなる」という感覚は残っている。テレビの報道やネット上の噂、気象庁の台風警報などが、現代の人々の不安を煽り、心理的な「不足」を生み出していたのだろう。

彩子はレジに並びながら、ほっと一息ついた。「米不足なんて、やっぱりただの噂だったのね」。周りの客も同じように安心したような顔をしていた。だが、それでもいつどこで新たな不安が巻き起こるかはわからない。現代社会における不安心理は、いつも私たちの背後に潜んでいるのだ。

「次はトイレットペーパーでもなくなるのかな…」彩子はそんな冗談を心の中でつぶやきながら、米を一袋手に取ってレジを通過した。

外に出ると、まだ暑さが残る9月の空気が彼女を包み込んだ。






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