お金がない

通報の行方

「通報の行方」

佐藤奈緒美は、スマートフォンの画面をじっと見つめていた。手元には、先日届いた一通のメール。それは一見、銀行からの通知のように見えたが、何か違和感があった。送信元のメールアドレスや文面の妙な不自然さに、彼女は詐欺の疑いを抱いた。

「これ、もしかして…詐欺かもしれない。」奈緒美は独り言のようにつぶやいた。

そのメールには、奈緒美の銀行口座が一時的に凍結されたため、再登録を行わなければならないと書かれていた。リンクをクリックし、個人情報を入力するように促されていたのだが、彼女はすんでのところで思い留まっていた。以前、友人から同じような手口について聞いたことがあったからだ。

「まずい…危なかった。」

奈緒美はすぐにそのメールを削除し、家族に相談しようと思ったが、その前に自分で何かできることはないかと考えた。インターネットで調べると、詐欺の疑いがある場合、警察に通報する方法がいくつかあることを知った。

「警察相談専用電話『#9110』か…これなら、まず話を聞いてもらえるかもしれない。」

迷うことなく、奈緒美はスマートフォンのダイヤル画面に「#9110」と入力し、通話ボタンを押した。数秒後、優しい女性の声が電話越しに聞こえてきた。

「こちら、警察相談専用電話『#9110』です。どういったご用件でしょうか？」

奈緒美は緊張しながら、先ほどのメールについて説明した。詐欺の可能性を感じたこと、そのメールのリンクをクリックしなかったことを詳細に話す。

「ありがとうございます。奈緒美さん、まずはリンクをクリックしなかったのは正しい判断でした。詐欺メールの可能性が高いです。このような場合は、今後も同様のメールが届く可能性がありますので、絶対に個人情報を入力しないでください。また、もし何か変わったことがあれば、警察にすぐに連絡してください。」

警察の担当者は冷静に指示を与えてくれた。奈緒美はその言葉に安心感を覚えつつも、まだ少し不安が残っていた。

「それと、今後のために、この件をきちんと警察に記録しておくこともできます。最寄りの警察署に行って、詐欺の可能性があるということで相談をしていただくと、必要な場合は正式な通報として受理されます。また、オンラインでも詐欺に関する情報を提供できるサイトもありますので、後ほどご案内します。」

電話を切った後、奈緒美は深呼吸をした。警察に相談するという行為が、少し大げさに感じていた自分を振り返りつつ、対応してよかったと思った。犯罪の予兆を感じた場合、やはり早めに専門家に相談することが大切なのだと実感したのだ。

数日後、奈緒美は警察署に足を運び、再度詳しい状況を説明した。署内の受付では親切な警察官が対応してくれ、メールの内容や、相手の不審な行動について丁寧に聞き取ってくれた。

「これはよくあるフィッシング詐欺の手口ですね。最近はこういったケースが増えているので、奈緒美さんのように早めに気づいて通報していただくのは非常に助かります。警察としても、これからも注意喚起を行っていきますので、引き続き不審なことがあればご連絡ください。」

奈緒美はその言葉に感謝しつつ、改めて自分の判断が間違っていなかったことに安堵した。

彼女はその後、家族や友人にもこの経験を共有し、詐欺に対する警戒心を持つよう呼びかけた。そして、警察への相談方法や、被害を未然に防ぐための知識を広めることに努めた。

奈緒美はふと思った。もしあのとき、怪しいと感じずにリンクをクリックしていたらどうなっていただろうか。彼女の財産はもちろん、プライバシーや安心感までもが奪われていたかもしれない。

「成果を期待せず、ただ与えることに専念する」とはよく言われるが、今回の出来事では奈緒美は逆に「情報を得ること」で自分の身を守ったのだ。情報は武器になる。そして、その武器は誰もが持つべきものだということを、彼女は身をもって知った。

奈緒美はその後も、詐欺に対する警戒心を持ちながら、同じようなケースが身近で起きた場合にはすぐに行動することを誓った。そして、「#9110」の存在を周囲に伝えることが、誰かの役に立つかもしれないという小さな希望を胸に抱き続けた。

それが、彼女にとって新たな日常の一部となった。