お金がない

悪事千里

悪事千里

朝の通勤電車の中、誰もがスマートフォンを見つめ、ニュースをスクロールしている。とある詐欺事件の見出しが目立っていた。「SNS詐欺で200万円の被害」「ロマンス詐欺で578万円だまし取られる」「後払い決済アプリを悪用し、1億円超の転売益か」――。そんな記事が続々と並び、人々は舌打ちをしながらページをめくる。だが、目の前の画面に映る詐欺師たちの顔写真を見ても、そこにいるのは普通の若者たちであることに驚くばかりだった。

**

福岡市の片隅にある小さな事務所。その奥にある部屋で、一人の男がソファに腰をかけていた。森本凱大、24歳。彼は周囲にとってはただの会社役員にすぎなかったが、その裏では巧妙な詐欺の指揮を執っていた。

「いいアイデアを思いついたんだよ。」

森本は、画面越しに繋がった仲間たちに話しかけた。モニターには、彼と同年代の数名が映っている。皆、にこやかに頷いていた。森本は、投資詐欺のやり方を説明し、どこでターゲットを見つけ、どうアプローチするのかを細かく指示した。その一連の作業はまるでゲームのように進められ、誰もが楽しんでいるように見えた。

「これで俺たちは一儲けできる。問題ない、すべては計画通りだ。」

森本の自信に満ちた声が響いた。彼は自分の知恵と狡猾さを誇りに思っていた。彼の頭の中には、詐欺の計画が次々と浮かんでは消えていく。それはまるでパズルを組み立てるような快感で、彼にとっては純粋な知的な遊びだった。

**

その頃、遠く離れた山梨県北杜市では、一人の70代男性がパソコンの画面を見つめていた。彼はSNSで知り合った「日本人女性」からの甘い言葉に心を奪われていた。「一緒に暮らして支えたい」「将来の生活資金を増やそう」――彼女の言葉は、彼の孤独な心に深く染み込んでいった。悩みを打ち明け、彼女の優しい声に励まされるうちに、彼はその女性に信頼を寄せるようになった。

「投資を増やせば、もっと儲かるよ。」

その一言が、彼を破滅への道に誘った。初めは小額の入金で、それが利益を生んだのを見て、彼は喜びに満ちた。だが、次第に投資金額は増え、気づけば全財産を注ぎ込んでいた。すべては「一緒に未来を築こう」という彼女の言葉を信じた結果だった。

**

森本たちのグループが行っていた詐欺は、さまざまな形で世間に広がり始めた。被害者たちの告発はSNSで拡散され、瞬く間に世間の耳目を集めるようになった。警察の捜査は急速に進み、森本たちは追い詰められていった。自分たちが築いた「無敵のプラン」が崩れ始めることに、森本は次第に焦りを覚えるようになった。

「悪事千里、か。」

森本は独り言を呟きながら、事務所の窓から街を見下ろした。誰もがその噂を知っている。彼の悪行は、都市の隅々まで広がり、人々の口に上るようになっていた。彼はふと、自分が何をしているのかを考えた。なぜこれほどまでに悪事を繰り返すのか。答えは簡単だった。それが彼の能力だったからだ。だが、その能力を善に使うことを考えたことは一度もなかった。

「こんな頭の良さがあれば、もっといいことに使えたのに。」

森本はそう思いながらも、再びコンピューターの前に座り、次の手を考え始めた。しかし、彼の背後では、警察の手が静かに迫っていた。どれだけの知恵を絞ろうとも、悪事は長くは隠せない。それは森本が気づかないうちに、もう既に手遅れの状態に達していた。

**

森本たちが逮捕されたのは、その数日後のことだった。ニュースは彼らの名前と顔写真を大々的に報じ、SNS上で拡散された。彼らが行った詐欺の詳細、そして被害者たちの悲痛な声が繰り返し報道された。森本の顔は、見知らぬ人々の憎しみの対象となり、かつての仲間たちも彼から距離を置いた。

街のどこに行っても、人々の話題は森本の悪事で持ちきりだった。彼が作り上げた詐欺のネットワークは完全に崩壊し、彼の人生は一瞬にして破滅へと向かった。彼が得たはずの利益はすべて失われ、残されたのは悔恨と無念だけだった。

「好事不出門、悪事千里。」

その言葉が、森本の耳に突き刺さるように響いた。彼の能力が、本当に役立つ形で使われることはなかった。彼は自分の知恵を誇りにしていたが、それが彼を救うことはなかった。結局、悪事は世間に知れ渡り、彼の未来は閉ざされた。

森本は静かにため息をつきながら、刑務所の薄暗い部屋でただ一人、自分の過ちを反芻する日々を送ることとなった。その頭の中には、もう次の手など浮かばなかった。ただ静かに、失った未来を見つめることしかできなかった。