お金がない

消えた一万円

「消えた一万円」

福岡市博多区の駅前には、若者たちが集うカフェがある。24歳の森本凱大は、そのカフェでいつも笑顔で話しかける大学生たちに囲まれていた。彼は目立つような男ではないが、声が大きく、人を引き寄せる魅力があった。そんな森本は、いつも誰かに助けを求めるような目で接してくるのだった。

「アプリを登録してアカウントをくれたら、1万円をあげるよ。」

森本の言葉は簡単だった。大学生の鈴木翔太も、その一人だった。鈴木はバイト代ではまかないきれない生活費に頭を抱えていた。就活も思うように進まず、未来が不透明な中で、この一万円は大きな救いだった。

「一万円か…それで少しは楽になるかな。」

鈴木は森本の提案に乗った。後払い決済アプリに登録し、アカウント情報を彼に渡した。森本は感謝の言葉と共に一万円を鈴木に手渡し、にこやかに去っていった。鈴木はその一万円で新しい靴を買い、友人たちと飲みに行った。束の間の幸福感が彼を包んでいた。

しかし、その数週間後、鈴木の元に身に覚えのない決済通知が届いた。スマートフォンの購入履歴が並んでいたが、それは鈴木が購入したものではなかった。最初は誤りかと思ったが、次第に額が膨らみ、合計で数十万円に達した。それを見た鈴木は冷や汗が止まらなかった。

「どうしよう…これは一体何なんだ？」

鈴木はアカウント情報を渡したことを思い出し、真っ先に森本に連絡を取ろうとした。しかし、森本の電話は繋がらなかった。彼のSNSも突然非公開になり、完全に姿を消していた。焦りと不安に駆られた鈴木は、友人に相談した。友人は冷静に彼の話を聞き、警察に相談するよう勧めた。

警察署で、鈴木は森本とのやり取りをすべて話した。警察官は冷静な表情で彼の話を聞きながら、既に多くの被害者がいることを告げた。森本は他にも多くの大学生からアカウントを集め、不正にスマートフォンを購入しては転売していたのだ。その数は1000台にも及び、得られた利益は1億円を超えていた。

数日後、ニュースで森本の逮捕が報じられた。福岡市博多区の会社役員として、他の4人の仲間と共に電子計算機使用詐欺の疑いで逮捕されたという。森本は、学生たちに「アカウントをくれたら1万円」という甘い言葉を投げかけ、その裏で犯罪を重ねていたのだった。

鈴木は警察署で、詐欺被害者として詳細な供述を行った。その過程で、他にも多くの学生たちが同じように一万円でアカウントを提供していたことが明らかになった。森本の巧妙な話術と、人の善意を利用した計画は、多くの若者たちの生活を一瞬で壊したのだ。

その後、鈴木は数ヶ月かけてアカウントの修復と返済の手続きを行った。学生生活はさらに苦しくなり、家族や友人の支援を受けながら何とか日々を過ごしていた。森本に対する怒りと、自分の軽率さに対する後悔が鈴木の心を苦しめたが、それでも彼は前を向いて歩こうと決意した。

ある日、鈴木は再び駅前のカフェに立ち寄った。森本と初めて出会った場所だ。そこで彼は、同じようにSNSの勧誘に乗り、被害に遭った他の学生たちと顔を合わせた。彼らの顔には不安と怒りが入り混じっていたが、それでも鈴木は少しだけ安心した。同じ痛みを共有する仲間がいるということが、彼の心を少しだけ癒してくれたのだ。

カフェの一角で、鈴木は友人と一緒に再び日常に戻るための一歩を踏み出すことを決めた。もう一度、自分の力で立ち直るために。彼はその場で新しいアルバイトの応募を始めた。今度は、誰かに頼らず、自分の力で生きていく決意を胸に秘めながら。

「消えた一万円…それは高い授業料だったな。」

鈴木はつぶやき、もう一度歩き始めた。未来に向けて、自分の足で。