お金がない

春秋花壇

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見えないリスクと欲望の狭間

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「見えないリスクと欲望の狭間」

直葉(すぐは)は、夕暮れのオフィスでパソコンの画面を凝視していた。そこにはビットコインのチャートがリアルタイムで動いている。青と赤のラインが激しく上下するたびに、心臓の鼓動も同調するように高鳴っていた。

「これで大きく稼げるかもしれないな…」直葉は自分に言い聞かせるように呟いた。数年前からビットコインに興味を持ち、少しずつ投資を始めたのだが、その価格の変動には常に驚かされるばかりだった。時には急騰し、時には急落する。毎日のように異なる価格が表示され、その変動率(ボラティリティ)の高さに、期待と不安が入り混じっていた。

その日は特に激しかった。朝に見た時は順調に上がっていた価格が、昼過ぎには急落し、そしてまた上がり始めている。直葉はその激しい動きに振り回されながらも、どこかで「今度こそ大きな利益を得られるはずだ」と思い込んでいた。

「しかし、これが株だったら…」彼はふと考えた。株式市場ではストップ高やストップ安という制度があり、一定の価格変動があれば取引が一時停止される。それにより、異常な価格変動から投資家を守る仕組みが整っている。しかし、ビットコインにはそれがない。値幅制限がなく、価格はどこまでも動いてしまう。そのことが直葉の胸に不安をもたらしていた。

「直葉さん、ちょっといいですか?」後輩の香奈が声をかけてきた。彼女もまたビットコインに興味を持っている一人だった。直葉は顔を上げ、「どうしたの?」と軽く微笑んだ。

「ビットコインの話なんですが、今日すごく下がったんですよね。私、少し買ってみようか迷ってて…でも、ちょっと怖いです。」

「そうだね、今日は特に動きが激しい。ビットコインはそのリスクがあるんだ。価格が一気に動くから、チャンスもあれば危険もある。」直葉は慎重に言葉を選んだ。

「株みたいにストップ高とかがあれば、もう少し安心できるのにね。」香奈が言うと、直葉は頷いた。

「そうだね。ストップ高やストップ安があると、急激な値動きを防げるし、心の準備もできる。でも、ビットコインはそれがないからね。価格が一日で大きく動くことも珍しくない。」

香奈は不安げな表情を浮かべていた。「じゃあ、やっぱりやめた方がいいんですかね…」

直葉は少し考えてから答えた。「それは自分のリスク許容度次第だよ。大きく稼ぎたいなら、それなりのリスクも覚悟しなきゃいけない。逆に、安定を求めるなら別の投資の方がいいかもしれないね。」

香奈はしばらく黙って考えていたが、やがて「もう少し勉強してからにします」と言って席に戻った。

その夜、直葉は帰宅後もビットコインのチャートをチェックし続けた。画面の中で数字が踊り、値動きは一層激しさを増していた。彼は深くため息をついた。「もし今日、大きく下がる前に売っていれば…」そんな後悔が頭をよぎる。しかし、それはただの『もし』に過ぎなかった。

直葉はふと、古くからの投資家である父の言葉を思い出した。「投資はギャンブルじゃない。冷静さと忍耐が大事なんだ。」父は一貫して堅実な投資スタイルを貫いてきた。株式市場でもリスクを避けるため、ストップ高やストップ安のルールを利用していた。彼がビットコインに手を出すことは決してなかった。

「俺ももう少し慎重になるべきかな…」直葉はつぶやいた。ビットコインには魅力があるが、そのリスクも大きい。特に値幅制限がないことによるボラティリティの高さは、想像以上に心に負担をかける。大きなリターンを狙うあまり、冷静さを失うことも少なくないのだ。

次の日、直葉はコーヒーを片手にパソコンの前に座り直し、改めてビットコインのチャートを見つめた。価格はまたもや大きく変動していたが、今度は少し違った視点で眺めていた。

「確かに大きく稼げるかもしれない。でも、それ以上に大切なものがあるはずだ。」直葉はそう考え、チャートを閉じた。すべての投資にはリスクが伴う。しかし、そのリスクに対してどれだけ自分が冷静でいられるかが重要なのだ。

その後、直葉は投資のバランスを見直し、リスクの高いビットコインと安定した株式を組み合わせることにした。大きな夢を追いかけることは悪くないが、地に足をつけて生きることも忘れない。それが彼の新たな投資スタイルだった。

「結局、すべては自分次第だな。」直葉は静かに微笑んだ。これからもビットコインのチャートは動き続けるだろう。しかし、どんなに変動しても、直葉はもうそれに振り回されることはなかった。彼の心には、確固たる信念が芽生えていたからだ。

情報の波に飲まれず、自分自身のペースで進むこと。それが、彼にとっての成功の秘訣だった。










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